風鈴の里

 チリンチリン…


 そよ風が風鈴を揺らした。

 揺れと共に鳴り響く音は、ひどく懐かしい音色だった。


 十三歳の時に両親を亡くして親戚に引き取られた僕は、十三年振りに生まれた町へ帰ってきた。

 子供の頃に過ごしたその町は長い年月の間にすっかり様変わりしてしまい、本来ならば懐かしいはずの故郷ふるさとに、僕が哀愁を感じることは無かった。

 産まれた瞬間ときからの十三年と生まれて十三年後からの十三年、どちらも同じ十三年のはずなのに、初めの十三年はもう何百年も前の歴史の中の出来事のように感じるほど町は変わっていた。

 子供の頃に両親と共に過ごした僕達の家は既に取り壊され、六年間通ったあの学舎まなびやも、一年ほどしか通えなかったあの学舎も、友達と駆け回ったあの山も野も、全部すべて無くなっていた。

 当時の友達は何人か町に残っていたが、他のみんなはこの町から出ていったらしい。残っていた奴によると、出ていった理由は、就学、就職、結婚、そして故郷への嫌悪だと聞かされた。

 この町には高校がない。

 就学する奴は片道一時間半ほどの場所にある高校へ通うか、町を出て独り暮らしをしながらさらに遠くの高校へ行くことになる。

 就職するにしても、この町の仕事場は限られているため、家業を持たない家の人間は町の外へ働きに出なければならず、通うよりも町を出て独り暮らしをする。

 結婚は、町の中に相手を求めていてはその相手が限られるため、ごく一部を除いて町の外に相手を探す。町の外に結婚相手が見つかった場合、その結婚を機に女はほぼ全てが、男も半数が町を出る。

 そして、この町で思春期を過ごした人間の殆どが、この町の事を何もないと嫌う。

 思春期の始まりの十三歳で町を出ざるを得なかった僕は、当時のこの町を何もないとは感じていなかったが、現在いまのこの町には確かに何もない。

 あの頃のこの町には、確かに。何もないということがそこかしこに存在していた。

 けど、現在のこの町には本当に何もなくなってしまった。

 昔ながらの建物は減り、新しい施設が増えた。

 昔ながらのは減り、新しい土地に暮らす人が増えた。

 道が増えたが、野は減った。

 見晴らしがよくなったが、山は減った。

 様々なものが変化していた。それが悪いこととは思わない。変化したことで良くなったこともたくさんある。

 けど、昔は確かに存在していた何もないがここにはない。

 僕が知らない十三年の月日を経たこの町は、様々なものが増えた代償かわりに、何もないということがなくなってしまった。

 僕にとって見知らぬ町となった故郷に、唯一、昔と変わらないものがあった。それは、十三年振りに町を訪れた僕自身だった。

 僕はすっかり変わってしまったこの町の街路樹に、一つの風鈴をぶら下げた。

 それは、僕が知っていた頃の何もないが存在していたこの町の小学校、その卒業式にみんなで一つずつ作った想い出の風鈴だった。


 チリンチリン…


 風が奏でたその音は、あの頃の町の鳴き声のようだった。

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