十三年後の可能性 ~ロマンセラー~(前篇)

『それじゃあ、いただきます』


「はい。いただきます」


 私は今、古びた機械のモニターの中にいる女性と向き合いながら晩御飯を食べている。

 そのモニターに映っているのは十三年後の未来の私らしい。…らしいというのは、モニターの中にいる私は正確に言えば未来の私ではなく、『もしかしたら私が十三年後にそうなっている』という、現在の私が持つ可能性の内の一人という事だからだ。

 どうやら私は少なくとも後十三年程度は死なずに生きていけるらしい。

 …らしい、らしい、らしい。

 こんな事はとしか言えない。

 正直、私としては信じられない事が起き過ぎている。断言など出来るわけがない。

 ただ、私がこの機械を手に入れてから二週間余が経っているが、目の前で起きているこの出来事は現実らしいと認めるしかなかった。


 あれは、半月ほど前の土曜日だった───


 その日、私は共に会社の受付を担当している同僚の一人と一緒に会社の近所にある公園で開催されていたバザーを見に行った。

 私もその子も休日にも関わらず会社を訪れていたところで偶然顔を会わせ、せっかくだから近くのカフェでコーヒーでも飲もうと二人で歩いていたところ、その公園でバザーが開催されている事を知った。

 会社を訪れた理由は二人とも同じだった。

 私とその子は前日に会社へ忘れ物をしてしまい、それを取りに会社を訪れていたのだ。

 あまりにも間抜けな偶然だった。

 ただ、私とその子の偶然はこの時だけではなかった。私たちはなぜか頻繁にこんな偶然を起こしていたのだ。

 まず出会いからして偶然だった。

 私たちは二人揃って会社の面接の日を一日早とちりし、面接の前日に会社を訪れた。その時に社長が目の前で倒れ、それを介抱したことが気に入られたお陰で採用してもらえた。

 それからというもの、私が携帯電話を新機種に変えたらその子も全く同じ機種にしていたり、休みの日に髪を切って出勤したらその子も切っていたり、使うものが被る、行動が被るなどの偶然は日常茶飯事だった。

 そんな偶然が続き、気がついたら私たちは仲良くなり、単なる同僚ではなく親友となっていた。同じ会社の同じ部署に勤めている故に休みの日が同じで予定を合わせやすいという利点を活用し、私たちは休みの日もよく一緒に出掛けていた。

 ただ、この日は私は本来ならば高校の友人の結婚式に出席する予定だったので絶対に会うことはないはずだった。しかし、その結婚式は当日になってキャンセルになった。正確には当日の夜中に連絡が来た。理由は新郎新婦が二人共に浮気していたという笑えない内容だった。

 それはさておき、朝起きてすぐに結婚式の中止を知った私は会社へ忘れ物をしたことを思い出し、それを取りに行くことにした。

 忘れ物は私が愛用しているワイヤレスイヤホンだ。

 ワイヤレスイヤホンなんて週明けの出勤時でも良いと言われるかも知れない。けど、私が通勤電車の中の圧迫感に耐えるためには音楽がなければやっていられなかった。

 そして、私の働く会社は日曜日は休日出勤はおろか、警備員以外の立ち入りは一切認めないという規則があり、日曜日に会社へ入るためには前日(つまり土曜日この日)までに書類を提出しておかなければならなかった。

 私は月曜日の通勤時に音楽がないという悲劇を避けるため、会社へ向かう準備をして家を出た。

 土曜日の午前九時という時間帯ということもあり電車は空いていた。空いている電車の中で普段ならあり得ない椅子に座るという状態で、いつもとは異なる音を聞いていると、まるで知らない街へ向かう気分だった。

 こうして私はその子と会った。

 余談を付け加えると、その子も本来ならば友人の結婚式に出席する予定だったものの、ドタキャンになってしまったらしい。

 ちなみにドタキャンの原因りゆうと忘れ物の内容は同じでなかった。

 そんなこんなで公園でのバザーの開催を知った私とその子は、少し覗いていこうという事になった。

 そこで私はそのノートパソコンの様な機械を買った。

 正直なところ、ノートパソコンの様な機械と言っていいのかどうかすらわからない。大学ノートくらいの大きさで缶コーヒー程の厚さがあるその機械は、驚くことに水と塩だけで動くものだった。

 科学に疎い私にとってその機能は全くもって謎であり、その古臭い機械とミスマッチな高機能な気がした。

 その古臭くて高性能な機械の値段は六千円だったが、一緒にいたその子が店主と交渉して半額にしてもらえた。要するにその機械は三千円だった。

 店主曰く「それは、の発明王トーマス・アルバ・エジソンが生涯をかけて研究していた心霊やオカルトと呼ばれる非科学的要素の全てを取り入れ、エジソンの後継者と呼ばれた人物が作り上げた高性能電子機器だ。現在で言うノート型パーソナルコンピューターのオカルト特化型と言った感じかな?もっとも、長き年月の間に何度も何度も人から人へと渡り歩いたためにオリジナルとは大分異なる仕様になってしまったがな。これが実際に使えるか、果たしてどんなものなのか、それはあなたの運次第。ふふふ…お嬢ちゃん。君、ロマンを買ってみないか?」らしい。

 まだ残暑酷しい九月の半ばというのに、厚手のコートを着込み、首にマフラーまで巻いていた年齢不詳のおじいさん(おじさん?)が言った「ロマンを買ってみないか?」という言葉は私の胸を打った。

 エジソンの後継者は兎も角として、部品から全て手作りで一から作り上げられたというその機械はかなり古い物であることは確かで、所々にローマ字ではない海外のどこかの国の文字と思われる印字があった。

 その機械を買った時、値下げ交渉をしてくれたその子には「骨董品としては価値があるかもね」と笑われた。ただ、その笑いには嘲りなどは一切なく、もしかするとお金をドブに捨てたかも知れない私への慰めに近いものを感じた。

 そもそも私は、骨董品に興味があるわけでもなく、オカルトにも全く興味はなかった。

 それでも私は、そのノートパソコンの様な古びた機械と、店主の放つ不思議な気配と「ロマンを買ってみないか?」という言葉に導かれるようにしてそれを買った。

 そして、その日の夜にそれは起きた。


『んじゃあ、また明後日会社でね。…あ、そうだそうだ。昼間の機械試したら明日にでも連絡してね。そんで不良品だったら店主に突き返しにいこうよ。明日も出店するって言ってたからさ。返品禁止ジャンク扱いとは言われてないんだし。…じゃ、おやすみ』


「うん、わかった。連絡するね。おやすみなさい」


 親友との電話を終えた私は、昼間買った機械を試すためにテーブルの上にそれを置き、二つ折りになった部分を開け、モニターと思われる面の横にある筒状の管の蓋を外し、その中へ塩を数十グラム流し込むとさらにそこへ水を入れて蓋を閉じた。

 すると…


 パチパチ…


 筒状の管の中は瞬く間に銀色に近い淡く濁った白色へと変化し、火の中で木材が燃える音や静電気が起きた時に鳴る放電音に似た音が鳴った。

 その音に私の胸の鼓動は高鳴り、もしかするとこれは本当に使える物で、何かが出来るかも知れないと期待した。

 そして、私は期待を込めて電源スイッチと思われる赤いボタンを押した。

 ………が、期待とは裏腹にその機械は全く反応を示さなかった。


「ふふ、なーんだ。やっぱりか。大体、機械が塩と水だけで動くわけないじゃん」


 私はポツリと呟き、念のために機械に付いている他のボタンや丸い玉の様な物を操作したが、なにも起こらなかった。

 私はその機械をそのままテーブルに放置してベッドの中へ潜り込んだ。ベッドの中で微睡みに身を任せる私の耳にはまだあの『パチパチ』という音が届いていた。

 そして、それから一時間程度が経った頃だった。


 チリン…


 不意に鈴の音がした。

 それは、夢の中での音だったのかも知れなかった。


 チリン…


 また鈴の音がした。

 微かに聞こえたその音は、確かに現実の中で響く音に思えた。


 チリン…


 二度三度続いたその鈴の音に私は目を覚まさざるを得なかった。

 脳髄あたまはまだ半分夢の中というふわふわとした感覚の状態ままで私は上半身を起こし、鈴の音を響かせるの正体を暴こうとして辺りを見回した。

 私はすぐにそれに気がついた。

 テーブルの上に放置したあのノートパソコンの様な機械のモニターと思われる面が淡い光を放っていた。


「えっ…!?」


 思わず声が漏れていた。

 私はすぐに飛び起きるとかぶり付くようにして光を放つ部分を覗き込んだ。

 モニターの中はモノクロだった。

 そのモノクロの画面は淡い光を放ち、中央にただ一つがあった。

 鈴のアイコンは一定のリズムで揺れていた。


 チリン…チリン…チリン…


 アイコンの揺れに合わせて鈴の音が画面の中から響いていた。

 私はまるで最初はじめから操作方法がわかっていたかのように、二つ折りになっているその機械の底面部にある丸い玉を操作し、その操作に合わせて動く弓矢のマークを鈴に重ねると丸い玉の横にある『RETNE』と書かれたボタンを押した。

 その瞬間、鈴の音が止み、画面の中に一人の女性が現れた。

 モノクロで分かりにくかったが、その女性は私の母に似ていた。しかし、それは母ではなかった。

 画面の中に現れた女性は私に向けてこう言った。


『ふふ、ゴメンね。起こしちゃった?私はあなたよ。十三年後のね』


 言葉の意味も状況も全く理解出来ていない私に画面の中の私が説明した。

 画面の中の私によると、私が買ったこのノートパソコンの様な機械は十三年後もその仕組みは謎のままで動き続けているらしい。

 この機械について十三年後の時点でわかっていることは、筒状の管に塩と水を入れることによって機械内部に癒着されている特殊な物質(その成分は十三年後でも詳細はわからないらしい)と化学反応を起こして管の中の重力は一時的に太陽よりも高い地球の三十倍以上の重力にまで上がり、それにより発生した膨大なエネルギーによってこの機械は動いているらしい。

 その膨大なエネルギーによってこの機械は操作者の十三年後を予測し、十三年後にそうなる可能性が高いというを映すものらしい。

 そして、画面の中の私によると、私に説明している目の前に映る私もこの機械が導きだした可能性の一つでしかなく、あくまでも虚像らしい。

 ただ、画面の中の私にも確かな自我があり、私としての記憶もあるらしく、私の持つ記憶と画面の中の私が持つ記憶を互いに言い合ったところ、全て一致していた。それだけでなく、私しか知り得ない様々な秘密も全て画面の中の私も知っていた。


「なにこれ…うそでしょ…本物なの…?」


『ふふ、私もその反応だったわ』


 結論から言うと、どうやらこの機械は本物らしい。

 私はそれを認めざるを得なかった。


 ───こうして、私はその日から謎の機械によって未来の私に近い私と会話を出来るようになった。

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