第11/11話 ターン・トゥ・アタック

 リトポンが、急加速した。耐え切れず、ウイリー走行となる。

 そのまま、キャリアカーの道板に、どどどっ、と、乗り上げた。その衝撃で、立とうとして膝をついていた兵士が、横に倒れ、そのまま荷台を転がり、最終的に端から落下したのが見えた。

 道板は、踏み台の役目を果たした。リトポンは、ひゅばっ、と、宙に飛び上がった。目指すは、バーガンディの荷台、機関砲だ。

「行っけーっ!」卯美が叫ぶのが聞こえた。

 相手も、こちらに気がついた。砲座に腰かけている兵士が、ぐいん、と、機関砲を反時計回りに動かすと、砲身を上げ、砲口をこちらに向けてきた。

 しかし、彼がトリガーを引くよりも、リトポンがボディプレスを食らわせるほうが、早かった。

 どがっしゃあん、という音が、辺りに響き渡った。機関砲を構成している円盤だの直方体だのが、ぐしゃあ、と、派手に拉げた。四本ある砲身はすべて、ぼきんぼきん、と、根元から折れて落下した。兵士はというと、こちらの車がぶつかる直前に、砲座から飛び降りており、道路上を転がっているところだった。

「よっしゃあ!」

 牙玖は思わず、ハンドルから両手を離して、ガッツポーズをした。すぐさま我に返り、慌てて掴みなおす。

 彼はその後、リトポンをバックさせ、荷台から飛び降りた。アスファルト上に、どし、どしん、と着地する。

 アクセルペダルを踏み込みつつ、ハンドルを右に切った。バーガンディの隣を並走し始める。

 その車は、もはやテクニカルではなく、ただの金属塊を積んだトラックと化していた。左斜め後ろあたりを、キャリアカーがついてきている。

 しかし、バーガンディのドライバーである男性兵士は、まだ、戦うことを諦めてはいないようだった。右に急ハンドルを切り、距離を詰めてくる。体当たりを仕掛けてくるつもりに違いなかった。

「往生際が悪いんだよ! 介錯してやる!」

 牙玖は、左へ急ハンドルを切りつつ、アクセルペダルを底まで踏み込んで、ナイトロボタンのうち「STRONG」を押した。

 リトポンが、ぐうんっ、と、一気に加速した。ウイリー走行が始まる前に、フロントバンパーの左隅が、バーガンディのキャビンの右側面に、どかあんっ、とぶつかった。

 牙玖は即座に、アクセルペダルから右足を、ナイトロボタンから右手親指を離した。右へハンドルを切り、進行方向を道路と平行にする。

 バーガンディは、減速しつつ、左へ大きくよろめいた。そして、そこへ、後ろから来ていたキャリアカーが突っ込んだ。

 キャリアカーは、トラックのキャビンの左側面に激突し、運転席部分をぐちゃぐちゃに破壊してしまった。また、キャリアカー自身も、ぶつかった衝撃で、運転台全体が、めちゃくちゃに変形した。あれでは、どちらの車においても、運転席に座っていた兵士は、とうてい、人としての形を留めてはいないだろう。

「よし……これで、あの二台は、もう、おれたちを追いかけてこれなくなった」牙玖は視線をバックミラーからフロントウインドウに戻した。「なあ、卯美。ここから、チョーク源流党の基地まで、どれくらい時間がかかりそうか、わかるか?」

 少々お待ちください、と言って、しばらくの間、彼女はスマートホンを操作した。「あと、一時間強、といったところでしょうか」

「よし……!」牙玖は、ハンドルを掴んでいる両手に、ぎゅっ、と、さらなる力を込めた。「このまま、逃げきってやる……!」


 バーガンディをやっつけてから、数分が経過した。

 いつの間にやら、道路の両側には、建物が並んでおらず、砂漠地帯が広がっていた。上から見ると、まるで、赤茶色の模造紙に、灰色のフェルトペンで線を引いたように感じられることだろう。

「今、町に設置されている防犯カメラの映像や、警察無線、チョーク源流党の無線などを、調べているところなんですがね」スマートホンを操作しながら、卯美が言う。「チャコール市を襲撃したマルーン平穏党の部隊は、もう、全体の七割ほどを、行動不能の状態に陥らせることができたそうです。ただ、残りの三割ほどが、まだ、活動していて、警察やチョーク源流党は、引き続き、それらの相手をしているようで」

「そうか……」

 牙玖は、バックミラーに視線を遣った。こちらを追いかけてきているマルーン平穏党のテクニカルは、もう、残り三台だけになっていた。

 直後、その中の一台、トラクターヘッドを改造した車が、急加速して、どんどんリトポンに迫ってきた。それのボンネット上には、多連装ミサイルランチャーが搭載されていた。

「返り討ちにしてやる……!」牙玖は低い声で呟いた。

 次の瞬間、どおん、という音が、どこかから聞こえてきた。直後、どかあん、という音も、辺りに轟いた。

 同時に、トラクターヘッドが、こちらから見て左斜め上へと吹っ飛んだ。テクニカルは、そのままガードレールを越えると、砂漠上に、ずしゃあっ、と、ひっくり返った状態で着地した。

「な……?!」

 牙玖は、あんぐり、と、口を開けた。いったい、何が起こったんだ、と、心の中で呟く。運転席側のウインドウから、外に目を遣った。

 リトポンの右方、砂漠の遠い所に、黒い点々が浮かんでいた。よく見ると、それらは点ではなく、戦車だの自走砲だのといった、戦闘車両の集団だった。さらに凝視したところ、いずれのボディにも、チョーク源流党のシンボルマークが描かれていることがわかった。

「味方です!」卯美が歓喜の声を上げた。「やっと、来てくれました!」

 どおん、どおん、という音が、次々と辺りに鳴り響いた。牙玖たちの所に向かってきている、チョーク源流党の戦闘車両たちが、各種の弾を発射しているのだ。

 それらは、数秒と経たないうちに、リトポンの後方、アスファルト上に、どがあん、どぐうん、どごおん、その他さまざまな音を立てて落ちた。残っているテクニカル二台のうち片方は、砲弾をもろに食らって、文字どおり粉々に砕け散った。もう片方は、きいいっ、と、スピン気味にUターンすると、こちらを追いかけてきていた時よりも高いように思えるほどのスピードで、来た道を戻り始めた。

「助かりました……!」卯美が、ほうー、と、胸を撫で下ろした。

 牙玖は、バックミラーを視線を遣ると、もう、追いかけてくるマルーン平穏党のテクニカルが一台もいないことを、確認した。スピードを落とした後、路肩に駐車する。

 数分後、チョーク源流党の部隊が、二人のいる所に到着した。砂漠地帯で停まったり、ガードレールを破壊して道路に乗り入れたりして、リトポンを取り囲む。

 間髪入れずに、それらのうちの一台、オフロードの上に駐車している、最も大きなボディを持つ戦車のハッチから、男性兵士が一人、姿を現した。チョーク源流党の小隊長、ブランク・フィクスだ。彼は、地面に降りると、だだだ、と、こちらに向かって駆けてきた。

「キナリ! ゴフン!」ブランクは、リトポンのすぐ横に来ると、中腰になって、運転席側のウインドウに顔を近づけてきた。「無事か?! 車は、ずいぶんとぼろぼろだが……」

「まあ、なんとか大丈夫、ってところかな……」牙玖は、ふううーっ、と、長い安堵の溜め息を吐いた。「まったく、疲れたよ……」

「そうか……」ブランクは、二人の顔や体を交互に見た。「たしかに、見たところ、大きな怪我はしていなさそうだな……本当、ひやひやしたぜ」

「ああ……本当、来てくれて助かった」牙玖は、しばらくの間、沈黙した。「ええと──この後は、おれたち、どうすればいいんだ?」

「うちの部隊と一緒に、基地まで来てくれ。中隊長が、今回のマルーン平穏党の襲撃について、詳しい話を聴きたがっている」

「よし、わかった」牙玖は頷いた。「ただ……聴取に応じる前に、一つだけ、頼みたいことがある」

「何だ?」

 牙玖は「頼みたいこと」の内容を言った。ブランクは、「了解した」と返事をすると、リトポンから離れ、戦車に戻った。

 十数秒後、それは発進した。ガードレールを破壊すると、砂漠地帯から車道に乗り入れる。牙玖の車が向いている方向と同じほうへ、走りだした。

 彼は、アクセルペダルを踏み込むと、リトポンを運転して、タンクの後ろについた。小隊の、他の戦闘車両たちも、こちらを取り囲むようにして護衛しながら、動き始めた。

 基地には、三十分弱で到着した。敷地内に入ってからも、先導する、ブランクの乗っている戦車の後を追った。そして、しばらくすると、駐車場に至った。

 そこには、SUVが一台、停めてあった。それは、牙玖が普段、戦場で乗り回しているテクニカルだった。

 さきほど、ブランクに頼んで、用意しておいてもらった物だ。助手席のダッシュボードの上には、ライトマシンガンが据えつけられていた。

「よし……!」

 牙玖は、SUVの隣にリトポンを停めた。車から降りると、テクニカルに乗り込み、運転席に腰を下ろす。

 卯美も、こちらの後を追って移動すると、助手席に座った。「事前に、ブランクさまにお願いしておいたとおり、ちゃんと、燃料は満タンになってますね。ライトマシンガンも、弾はすべて装填されていて、替えのマガジンも、たくさんあります」ふふ、と笑った。「これなら、わたしも働けます」

「ああ……!」牙玖は、こくり、と頷いた。「マルーン平穏党のやつらめ……さっきまで、おれたちが乗っていた車は、ただのスポーツカーだったから、攻撃され放題だったが……これで、やり返すことができる! まだ、市内で活動している、残りの三割なんて、一気に殲滅してやるよ!」

 彼は、そう叫ぶと、サイドブレーキを解除し、アクセルペダルを思いきり踏み込んで、テクニカルを発進させた。


   〈了〉

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カーチェイス・テクニカルズ 吟野慶隆 @d7yGcY9i3t

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