第10/11話 VS機関砲トラック③

 いつの間にやら、バックで走り続けているバーガンディの荷台に積まれている機関砲が、砲身をこちらに向けてきていた。放たれた弾丸によって穿たれたアスファルトの穴が、蛇のごとく、リトポンを追いかけてきている。

 牙玖は、車がまだ完全にスピンから立ち直っていないのにも構わず、ナイトロボタンのうち「STRONG」を押そうとした。

 しかし、間に合わなかった。それよりも先に、弾丸が、リトポンのすぐ後ろ、わずか数センチしか離れていない所にまで、到達した。

 着弾地点付近の路面は、ばきびきべきぼき、と爆ぜていっている。それは、こちらの車の真下に位置するアスファルトも同様だった。

 ぐわっ、と、リトポンが宙に浮いた。そのまま、道路に対して垂直なほうを向いた状態で、吹っ飛んでいく。

「……!」

 悲鳴を上げる余裕もなかった。牙玖たちには、もはや、リトポンの行く末など、どうすることもできなかった。ただひたすら、宙を吹っ飛んでいくのに任せるしかない。

 車は、まず、真下のアスファルトを撃たれた地点から十数メートル離れた所の路面に、どしいん、と屋根をぶつけた。当然ながら、それだけでは勢いは落ちず、ごろんごろんっ、と、転がっていき始めた。

「うお、うお、うお……!」

 牙玖はハンドルを、がしり、と抱きかかえるようにして、リトポンの回転に翻弄されないよう、体を固定した。屋根が、ぼごっ、と凹んだり、窓ガラスが、ばりん、と割れたり、ドアが、べこっ、と窪んだりした。

 卯美はどうしているだろうか、怪我を負ってはいないだろうか。そんな心配が、脳内で湧き起こったが、助手席を確認する余裕もなかった。ただただ、自分まで吹っ飛ばされないようにすることで、精一杯だ。

 平行だ、ボディが、地面に対して、平行になっている状態で、静止してくれ。そう、心の中で祈った。もし、横転したり、ひっくり返ったりしたら、お終いだ。

 そして、それからさらに数秒が経過したところで、ようやく回転は止まった。

 リトポンは、横転もひっくり返りもせず、タイヤ四輪すべてをアスファルトにつけた状態で、静止していた。道路は、南から北へ伸びており、車は、フロントバンパーを真西へ、リアバンパーを真東へ向けていた。

 今やボディは、屋根も側面も、フロントもリアも、べこべこに凹んでいた。窓ガラスは、ほとんどが割れており、ウインドウは、ただの穴と化している。

 エンジンは動作を継続しているが、今後、走ることができるのだろうか。そんな不安を抱いている暇もなかった。左方から、ががががが、と、機関砲の弾丸が、アスファルトを穿ちながら迫ってきていたからだ。

「く……!」

 牙玖は、祈るような気持ちで、アクセルペダルを、ぐい、と、底まで踏み込んだ。同時に、ハンドルをめいっぱい右に回す。

 リトポンは、ぐん、と急発進しながら、その場を右折した。慣性の法則に従い、体がシートに押しつけられた。

 道路を、北へと進み始める。再び、バーガンディから逃げだした。

 よかった、なんとか、走行すること自体はできそうだ。妙な音が、複数、一定間隔で鳴っているし、ボディが、がたがた、ぐらぐら、ふらふら、その他さまざまな擬態語を伴って揺れているが。牙玖は一瞬だけ、安堵に浸った。

 いくら、しがみつく所があったとはいえ、リトポンごと吹っ飛ばされたのだ、彼も、無傷というわけにはいかなかった。ハンドルを押しつけていた胸部や、各種ペダルのある空間のあちこちにぶつけた脚など、体のあちこちが痛んだ。我慢できる程度の物であることが、さいわいだった。

「卯美、大丈夫か!」牙玖は助手席に視線を遣った。

「痛た……」

 卯美は、そう呻いてはいたが、見たところ、さいわいにも、負傷してはいないようだった。シートベルトを外して、座面の上で膝立ちし、背凭れを抱きかかえている。どうやら、助手席にしがみついていたおかげで、リトポンの回転に翻弄されずに済んだようだった。

「大丈夫です、体のあちこちを、色んな所にぶつけはしましたが、怪我には至っておりません……出血の類いもありませんし……」彼女は身を半回転させ、シートに腰かけた。

「そうか……」牙玖は、ほっ、と、安堵の溜め息を吐いた。「しかし、どうしようか、あの機関砲……さっきので、より強く実感したぞ。やっぱり、まともに食らうわけにはいかない」

「しかし、チャコール市にあるチョーク源流党の軍事基地まで、あと、一時間半ほどはかかると思われます」

 卯美は身を屈めると、足下に落ちていたスマートホンを拾った。左手に持ち替えると、右手で素早く、タップしたりスワイプしたりし始める。ディスプレイに、大きな罅が入っているのが見えた。

「このままでは、基地に到着する前に、機関砲にやられてしまう可能性が高いです……それならいっそ、こちらから攻撃して、やっつけてしまったほうがよろしいかと」

 牙玖は、リトポンをバーガンディの左斜め前あたりへと移動させると、「だがなあ……」と呟いた。間髪入れずに、ブレーキペダルを踏み込んで、スピードを一気に落とす。あっという間に、トラックの左隣を通り過ぎて、それの左斜め後ろを走り始めた。「いったい、どうすれば──うおっ?!」

 彼は、思わず大声を出した。前方、十数メートル離れた所の路面が、突然、どどどどど、という音を立てて、穿たれためだ。

「何だ?! 機関砲の砲口は、まだ、こちらに追いついていないぞ!」

 牙玖は、リトポンを減速させ、バーガンディから距離を取りながら、そう叫んだ。その間にも、謎の弾丸は、どどどどど、と、アスファルトを穿ちながら、こちらに近づいてきた。

 牙玖は辺りを、きょろきょろ、と見回した。周囲の状況を、よく確認する。

 すぐに、車道の左に設けられている歩道の上を、自動車が走っていることに気づいた。

 それは、キャリアカーだった。いわゆる一台積みタイプで、2tトラックほどの大きさだ。荷台は完全にフラットで、側アオリもない。後端には、車を移動させる時、それを渡すための道板が、垂直に立てられていた。

 今、荷台には、ヘビーマシンガンが積み込まれていた。それの後ろに、男性兵士が立っており、スペードグリップを握っている。道板の裏面には、マルーン平穏党のシンボルマークが描かれていた。

 彼は、重機関銃を操作して、マズルをこちらに向けようとしているところだった。銃口から、ばばばばば、と放たれる弾丸が、だんだん近づいてくる。

 牙玖は、ぐるり、と、ハンドルを右へ回した。ヘビーマシンガンの射線から、距離をとる。

 しかし、すぐに、いつまでもこうしているわけにはいかない、ということがわかった。リトポンの数メートル先を走るバーガンディの、荷台に鎮座している機関砲の砲身は、こちらから見て右斜め前を向いている。それが、どどどどど、と弾丸を発射しながら、時計回りに動き出していることに気づいたからだ。

「挟み撃ちのつもりか……!」牙玖は、ふん、と鼻を鳴らした。「そうはいくかよ!」

 彼は、アクセルペダルを、ぐん、と、底まで踏み込むと、ナイトロボタンのうち「WEAK」を、がちり、と押した。リトポンを急加速させながら、ハンドルを左に回す。機関砲とヘビーマシンガン、二丁の射線の間を縫うようにして、バーガンディとキャリアカーの間を抜けた。

「よし……!」

 牙玖はそのまま、車で歩道に乗り上げた。それからも、どんどん、左方へ移動していく。

 最終的に、リトポンは、キャリアカーの左斜め前あたりを走り始めた。歩道に面して建っている建物の、外壁すれすれを進んでいく。何回か、商店の出入り口付近に置かれている、商品が山積みになったワゴンを、がしゃあん、と、撥ね飛ばしたり、ビルの玄関から出てこようとした人に、悲鳴を上げさせて、慌てて引っ込ませたりした。

 牙玖は、今度は、右足をアクセルペダルから離すと、ブレーキペダルを踏み込んだ。スピードを、一気に落としていく。

 しばらくして、こちらの車は、キャリアカーの左隣を通り過ぎた。キャリアカーは、右方へ移動すると、歩道を下りた。

 結果として、リトポンは、車道の左側に設けられている歩道を走り、キャリアカーは、リトポンの右斜め前、車道の一番左にあるレーンを走り、バーガンディは、キャリアカーのさらに右斜め前、車道の左から四番目にあるレーンを走る、という位置関係になった。

「とりあえず、雑魚のほうから、なんとかしないと……!」

 牙玖は、ぐるり、と、ハンドルを右に回した。歩道を飛び下りると、キャリアカーの真後ろ、三メートルほど離れた所を走り始める。

「食らえ!」

 牙玖は、アクセルペダルを、ぐん、と底まで踏み込んだ。リトポンのスピードを一気に上げ、フロントバンパーを、相手の車の後部に、がつん、と、衝突させる。

 体当たりを食らった衝撃で、キャリアカーは、わずかに加速した。ヘビーマシンガンの射線が、こちらより見て右斜め前から左斜め前へと移動している最中に、ぷつん、と途絶えた。荷台にいる兵士が、その場に転倒し、尻餅をついているのが見えた。

 しかし、マシンをクラッシュさせるには至らなかった。車は、多少、左右にふらつきはしたものの、数秒後には、何事もなかったかのように走っていた。

 キャリアカーの荷台の後端に付いており、垂直に立てられていた道板が、体当たりを食らった衝撃により、どこか壊れでもしたのか、ぱたん、と下りる。それの先端が、アスファルト上に、ががががが、と擦れ始めた。

「──あれだ!」

 牙玖は思わず、そう叫んだ。アクセルペダルを、ぐん、と、底まで踏み込みながら、ナイトロボタンのうち「STRONG」を、がち、と、底まで押し込む。

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