第09/11話 VS機関砲トラック②

 彼は、アクセルペダルから右足を離すと、ブレーキペダルを軽く踏み込んだ。スピードが、みるみるうちに落ちていく。

 あっという間に、バーガンディが、右隣を通り過ぎていった。牙玖はそこで、再びアクセルペダルを踏み込んだ。速度を上げる。

 やがて、リトポンのフロントバンパーが、トラックの荷台の後端と同じ位置に到達した。機関砲の砲身は、こちらから見て左斜め前を向いている。アスファルトに開けられていく、蛇のごとく連続した大穴が、目の前にまで迫ってきていた。

「今だ!」

 牙玖は、ぐるぐるぐる、と、ハンドルを回した。リトポンを、高速で右方へ移動させる。バーガンディの荷台の左下隅に、がつん、と、フロントバンパーの右上隅をぶつけた。

 与えられたダメージが少ないことは、承知している。表面が、多少凹んだだけだ。

 しかし、今、彼らがいるエリアの路面は、水浸しであり、滑りやすくなっている。バーガンディは、ずざざざざ、と、反時計回りに、ゆっくりとスピンし始めた。

 機関砲の砲座に腰かけている兵士は、トリガーを引くのをやめている。これでは、撃とうにも狙いが定まらない、と判断したに違いなかった。

「よし……!」牙玖は、ぐるぐる、と、ハンドルを左へ回すと、路肩にある工事現場の右隣を走り始めた。

 バーガンディにとって、荷台に積んでいる機関砲のおかげで、重量が大きいことが幸いしたようだ。左に五十度ほど傾いたところで、トラックのスピンは、いったん収まった。ドライバーが、ハンドルをめいっぱい右に切っているらしく、徐々に、今度は時計回りに回転し始める。

「させるかよ!」

 牙玖は、ぐるぐる、と、ハンドルを左へ回した。バリケードを、がしゃあん、と撥ね飛ばして、工事現場に突入する。

 そこから数メートル先の地面には、何かしらのパイプが埋められていた。断面は円形をしており、直径は一メートルほどで、それの約三分の一が、地上に露出している。長さは二メートルほどで、道路に対して垂直な向きに設置されていた。

 牙玖は、それにリトポンを突っ込ませた。その直前、ハンドルを軽く右に切った。

 車は、パイプを踏み台にして、高くジャンプした。そのまま、右斜め前へと、宙を飛んでいく。

 バーガンディの、道路の方向に対するボディの角度は、すでに二十度強にまで戻っていた。その横っ腹──荷台に積まれている機関砲の下、台座部分に、どしいん、と、体当たりを食らわせた。

「ぬおっ!」

 さすがに、リトポンのほうも、強い衝撃を食らった。ボディ全体が、がたがたっ、と揺れる。慣性の法則に従って、前方へ吹っ飛びそうになった体が、シートベルトにより押さえつけられた。

 車のジャンプしていく方向は、台座にぶつかった拍子に、やや右へと曲がった。そのまま、バーガンディを押し退けるようにして、突き進む。

 それから一秒も経たないうちに、リトポンは、どしん、と、アスファルトに着地した。牙玖は、サイドブレーキをかけながら、ハンドルを大きく左に回した。ドリフトしつつ、進む方向を調整する。なんとか、道路と平行にすることに成功した。

「クソ……機関砲には、届かなかったが……どうなった……?!」牙玖は、視線を左斜め前に向けると、バーガンディの様子を確認した。

 テクニカルは、荷台に積んでいる台座にリトポンの体当たりを食らったせいで、再び、反時計回りにスピンしていた。あっという間に、その角度は九十度を超え、百八十度を超えた。

 どうも、ドライバーのほうも、下手に抑えようとするよりは、いっそのこと、まるまる一回転させて、元の方向に戻したほうがいい、と判断したらしい。テクニカルの角度は、そのまま、二百七十度を超えた。そして、三百三十度を超えたあたりで、ようやく止まった。

「機関砲は……?」牙玖はバーガンディの荷台に視線を遣った。

 台座は下降しており、機関砲は、そのまま荷台に積まれた場合と大して変わらない高さに位置していた。それだけだった。当たり前だが、リトポンで体当たりを食らわせたのは、ジャッキ部分であるため、兵器そのものは、なんら損傷していなかった。ラムアタックを受けたショックで、操縦手が振り落とされてはいないか、とも思ったが、兵士は、相変わらず砲座に腰かけていた。

「ちくしょう……! 徒労に終わったか……?!」

 牙玖は、アクセルペダルを、ぐっ、と踏み込んで、リトポンを加速させた。すでに、道路工事が行われているエリアは抜けており、アスファルトは乾ききっていた。

 直後、機関砲が、どどどどど、と、弾丸を撃ってきた。それらは、リトポンの後方の路面を、ががががが、と穿った。

 速度も威力も、体当たりを食らわせる前までと同じだ。やはり、徒労に終わってしまったのか。牙玖は思わず、ぐう、と唸った。

 彼は、リトポンをさらに加速させると、バーガンディよりも前に出た。間髪入れずに、ぐるぐる、とハンドルを右に回す。テクニカルの真ん前を走り始めると、機関砲の様子を確認するべく、バックミラーに視線を遣った。

 そこで、おかしなことに気づいた。機関砲が、上昇していないのだ。

 牙玖はその後も数秒間、リトポンでバーガンディの目前を走り続けた。機関砲は、いっこうに姿を現さなかった。

「よっしゃ!」彼は、にやり、と笑った。「どうやら、台座に不具合が生じたようだな……さっき体当たりしたおかげだ! このまま、あいつよりも前にさえいれば、もう、機関砲に狙われることは──」

 そこまで言ったところで、牙玖は台詞を打ち切った。テクニカルが、唐突にスピンし始めたのを見て、驚いたためだ。

 きいいいい、と、タイヤをアスファルトに擦りつけながら、回転していく。その角度が、百八十度に達したところで、バーガンディは姿勢を安定させた。

 間髪入れずに、バックで走り始める。そのまま、リトポンを追いかけてきた。荷台に積まれている機関砲の、四門ある砲口がすべて、こちらを向いている。

「……!」

 まずい、と言っている余裕すらない。ぐるり、と、ハンドルを大きく左に回した。直後、機関砲の、どどどどど、と発射した弾丸が、右隣のアスファルトを、ががががが、と穿った。

「そう来ましたか……!」卯美は悔しそうに言った。「あの、バーガンディのドライバー、なかなかの運転技術を持っていますね……!」

 牙玖はハンドルを、ぐるぐるぐる、と回した。トラックの左斜め前に出た後、ブレーキペダルを踏み込み、一気にスピードを落とす。あっという間に、テクニカルの隣を通り過ぎて、左斜め後ろあたりを走り始めた。

 しかし、いつまでもこうしてはいられない。彼は、ハンドルを大きく切ると、リトポンを右方へ移動させていった。その間に、案の定、バーガンディが、再びスピンして、元どおりの走り方に戻った。機関砲が、こちらめがけて弾丸を発射してくるので、避ける。

「さきほどまでとは違って、車体を回転させるのに時間がかかる分だけ、余裕があるが……」牙玖は唸るように言った。トラックの右斜め後ろあたりを走り始める。「しかし、これでは、大して差がないな……!」弾丸の射線が、左方から、こちらを追いかけてきていた。

 彼はアクセルペダルを踏み込み、リトポンを加速させた。バーガンディの右隣を通り過ぎ、それよりも前に出る。トラックは再び、スピンすると、バックで走りだした。

 しかし、機関砲の砲口は、こちらを狙っていなかった。それは、こちらの車が、荷台の真ん前、数メートル離れた所にいるにもかかわらず、右斜め前を向いていた。砲座に腰かけている兵士が、どどどどど、と撃ち始める。

「何だ……?」牙玖は、弾丸の飛んでいく先を、目で追った。

 リトポンたちが走っている道路の、現在位置から数十メートル離れた所の右手には、建設途中で放棄されたらしい、六階建ての廃ビルがある。弾丸は、それの一階部分に、ががががが、と命中していった。

「な……?!」

 牙玖は口を、あんぐり、と開けた。建物は、数秒もしないうちに、ごごごごご、という音を響かせながら、道路に向かって、ぐんぐん傾き始めた。

 一瞬、ブレーキをかけようか、という思いが頭を過ぎった。しかし、すぐさま、その案は却下した。たとえ、ブレーキペダルやサイドブレーキを総動員したところで、今から減速していては、廃ビル付近で止まってしまうだろう。だいいち、スピードを落としたら、機関砲のいい的だ。むしろ、加速して、下をくぐってしまったほうが、助かる見込みがある。

 牙玖は、ナイトロボタンのうち「STRONG」に右手親指を載せた。しかし、それを押すのは、直前で思い止まった。どんどん傾いていっている建物から、がら、がらがら、と、外壁の破片だの、内部に放置されていたらしい資材だのが、次々と落ち、道路に着地しているのが見えたためだ。ナイトロを使っている最中では、避けられない。

 数秒後、廃ビルの真下に差し掛かった。ハンドルを、右に左に右に回す。半ばドリフト、半ばスリップしながら、アスファルト上に転がっている障害物や、頭上から落ちてくる障害物を躱していった。

 その途中で、牙玖の視野に、何か、きらっ、と、煌めく物が入った。そちらに、目を向ける。

 それは、ガラスだった。廃ビルの内部で放置されていた、何かしらの資材の一種であろう。今、それは、道路に着地した衝撃で粉々に割れており、尖った破片が辺りに散乱していた。

 タイヤで踏みつけるわけにはいかない、パンクしてしまう可能性がある。牙玖は、ぐるぐるぐる、と、ハンドルを限界まで左へ回した。

 そのおかげで、なんとか、ガラスの破片を避けることができた。しかし、代償はあった。リトポンが、完全にスリップし始めたのだ。

「ぐう……!」

 きいいいい、と、タイヤが、アスファルトとの耳障りな摩擦音を、辺りに響かせる。ボディが、時計回りにスピンしていき始めた。牙玖は素早く、ぐるぐるぐる、と、ハンドルを右に回した。

 そのおかげか、回転は七十度ほどで止まった。彼は思わず、「ふう」と胸を撫で下ろした。

 ががががが、というような鈍い音が、こちらに近づいてきていることに気づいて、はっ、と我に返った。ばっ、と、バックミラーに視線を遣る。

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