第08/11話 VS機関砲トラック➀
生成牙玖は、卯美のナビゲートに従い、チョーク源流党の軍事基を地目指して、リトポンを走らせ続けていた。
すでに、路地を出てから、五分ほどが経過していた。バックミラーを見ても、マルーン平穏党のテクニカルたちの姿はない。振り切った、と考えていいだろう。
「ふう……やっとか……」牙玖は眉を開いた。
ちら、と、助手席のほうに視線を遣る。卯美は、二分ほど前から、スマートホンにかかってきた電話の対応をしていた。流暢な、ヴェンタ人民共和国の公用語を喋っている。
数十秒後、彼女は通話を終え、端末をポケットにしまった。「朗報です」
「朗報?」意外な言葉を聴いたので、思わず声のトーンが上がった。「何だ、それは?」
「チョーク源流党から連絡が来たんですがね。わたしたちが今いる地域内に、偶然にも、シアンが一台、いたらしいんですよ。現在、とある地点で待機しているので、そこへ向かい、合流するように、とのことでした」
シアンとは、インディゴ社が最近発売した、新型の装輪装甲車だ。カノン砲にヘビーマシンガン、多連装ロケットランチャーに対空ミサイルランチャーなど、強力な兵器がたくさん搭載されている。それ一台で、通常の装輪装甲車数台分の働きができる、という話だった。
「シアンと合流できるのか……!」嬉しさが込み上げてきた。「それは助かる……! あれさえいれば、もう、テクニカルなんて、目じゃないぞ!」
「わたしも、そう思います!」卯美も、顔を綻ばせていた。
牙玖はそれからも、卯美のナビゲートに従い、リトポンを走らせていった。数分後、公園の前を通りがかった時に、駐車場から、装輪装甲車が出てきて、こちらの車の前方を走り始めた。
チョーク源流党から連絡のあった、シアンだ。ボディは、平べったい直方体の先端を、V字型に窄ませたような形をしており、灰色に塗装されている。それの下部に、大きなタイヤが、片側四輪、合計八輪付いていた。
牙玖はリトポンで、装輪装甲車の数十メートル後方を走り始めた。卯美によると、合流した後は、この車が基地まで案内してくれる、とのことだった。その後ろ姿は、とても大きく、頼もしそうに見えた。
数分後、北にある十字路の十数メートル手前にまで来た時に、アクシデントが発生した。数十メートル先にもう一つある十字路の、西の道から、自動車が数台、猛スピードで飛び出してきたかと思うと、右折し、こちらめがけて走ってきたのだ。それらには、銃火器が積み込まれており、ボディには、マルーン平穏党のシンボルマークが描かれていた。
「テクニカルか……!」牙玖は眉間に皺を寄せた。
シアンが、ききっ、と、急ブレーキをかけ、その場に停止した。そこは、十字路のちょうど中央だった。間髪入れずに、搭載されている各種兵装が、火を噴き始める。
があん、どおん、ばあん、その他さまざまな音を出しながら、銃弾だの砲弾だのが、発射されていく。それらは、テクニカルに直撃して、クラッシュさせたり、車の前方のアスファルトに当たって、穴を穿ち、それ以上の接近を防いだりした。相手方も、負けじと銃火器を使用してはくるが、攻撃を食らっている真っ最中であるせいか、弾が見当外れの方向へ飛んでいったり、たまにシアンに当たっても、装甲に跳ね返されたりしていた。
「あの様子なら、あいつらを、蹴散らせそうだな」牙玖は、ほっ、としながら呟いた。
「ですね……」卯美も、油断しない程度に安堵しているようだった。「わたしたちがここにいては、巻き込まれるかもしれません。いったん、退避しましょう」
「そうだな」牙玖は頷いた。「しかし、シアンから離れすぎるのもよくないよな。やつらが、装輪装甲車との戦闘を放っておいて、こっちに向かってくるかもしれない……とりあえず、あの十字路を曲がって、北東の角にある銀行の陰にでも隠れるか」
彼はハンドルを、ぐるり、と回すと、シアンの停まっている交差点を、戦闘に巻き込まれないよう気をつけながら、右折した。数メートル進んだ所で、路肩に停車する。
「よし……ここなら、銀行が邪魔になって、マルーン平穏党の兵士たちから狙われることはない」牙玖はバックミラーに視線を遣った。「しかし……ここからじゃあ、戦闘の状況がわからないな。もしかしたら、シアンの攻撃を運よくかいくぐったテクニカルに、襲われるかもしれない……」
「それなら、大丈夫です」卯美が、左手に持ったスマートホンのディスプレイを、右手で、高速でタップしたりスワイプしたりしながら返事をした。「今、銀行の内部に設けられている防犯カメラを、ハッキングしているところです。建物の壁は、ガラス張りになっていましたから、成功すれば、通りの様子が見られます」
「そりゃあ──」
助かる、と続けようとした牙玖の台詞を遮って、どどどどど、という、それまでBGMのごとく鳴り響いていたどの銃声および砲声よりもひときわ大きな音が、リトポンのすぐ後方で轟いた。
「何だ?!」牙玖は、卯美の横顔に向けていた視線を、バックミラーに移した。
シアンの、こちらから見て右の側面に、夥しい数の、黒い点が浮かんでいた。あれは銃弾の貫通した痕だ、と気づくのと、あれでは乗員たちも穴だらけになっているに違いない、と考えるのと、早く逃げなければならない、と判断するのに、そう時間はかからなかった。
アクセルペダルを踏み込み、車を急発進させる。ぐるぐる、と、ハンドルを左に回し、路肩を離れて、レーンの中央を走り始めた。
牙玖の考えたとおり、乗員たちは全員が死亡、少なくとも行動不能に陥ってしまったらしく、シアンに搭載されている銃火器は、さきほどまでの猛攻が嘘であるかのように、静まり返っていた。そして、リトポンがスタートしてから数秒後、装輪装甲車の停まっている十字路を、マルーン平穏党のシンボルマークをボディに描いた車両が一台、左折して、こちらめがけて走ってき始めた。
それは、大型のピックアップトラックだった。「バーガンディ」という名前の車種だ。キャビンは、全体的に丸みを帯びている。正面から見たら、スポーツカーと勘違いしそうなスマートさだ。運転席は、進行方向に対して、左側に位置している。ボディの側面には、マルーン平穏党のシンボルマークが、格好いいデザインで描かれていた。
こちらからは、前方にある運転台が邪魔になって見えないが、荷台には、兵器を載せているのだろう。トラックよりも後方を走ったら、それの攻撃を食らう可能性がある、追い抜かされるわけにはいかない。そう考え、牙玖はアクセルペダルを底まで踏み込み、リトポンを加速させた。
しかし、スピードを上げたのは、バーガンディも同じだった。しかも、その度合いは、こちらよりもはるかに大きかった。
よく見ると、フロントタイヤが、わずかながら宙に浮いており、ウイリー走行をしている。ナイトロシステムを搭載しているに違いなかった。
「ちくしょうめ……!」
牙玖は、リトポンをさらに加速させようとして、ナイトロボタンのうち「STRONG」に右手親指を載せた。しかし、時すでに遅く、その頃にはもう、バーガンディに追い抜かれていた。
それの荷台には、機関砲が積まれていた。横倒しにした直方体の中央上部に窪みを作り、そこに縦を向いた円盤を挿し込んだような見た目をしている。円盤を挟むようにして、左右に二門ずつ、合計四門の砲身が据えつけられていた。円盤の後ろには椅子があり、そこに兵士が腰かけていて、スペードグリップを握っていた。
そこまで認識したところで、がこん、と、砲座が回転した。四つある砲口がすべて、こちらを向く。
牙玖はハンドルを、ぐるぐる、と回して、車を右方へ移動させた。その直後、どどどどど、という音とともに、弾丸が発射され始めた。
それらは、ががががが、と、さきほどまでリトポンがいた地点を穿った。まるで、爆撃でも食らったかのような、大きな穴が開く。アスファルトの破片が、辺りに弾け飛んでいた。
「く……!」牙玖は、ぎり、と軽く歯軋りをした。「あんなの食らったら、車がクラッシュしたり、おれたちが死んだりするどころじゃない……文字どおり、粉々になるぞ……!」
機関砲は砲口を、ぐいい、と、こちらから見て右方へ移動させ始めた。その見た目から受ける鈍重な印象とは裏腹に、軽快な動作だった。
牙玖は、アクセルペダルを底まで踏み込むと、リトポンを急加速させた。ハンドルを、ぐるぐるぐる、と左に回す。そのまま、テクニカルの右側面に、がつん、と、体当たりした。
バーガンディは、多少はふらついたが、レーンを跨ぐほどではなかった。これでは、ラムアタックを食らわせてクラッシュさせるだなんて、夢のまた夢だ。荷台に載せている機関砲が重たいおかげに違いなかった。
「ええい!」
牙玖は、ハンドルを右に切りながら、アクセルペダルを底まで踏み込んだ。リトポンを、ぐん、と急加速させ、バーガンディよりも前に出る。すかさず、ハンドルを左に回して、トラックの真ん前、数メートル先を走り始めた。
「よし……これで、荷台に積まれている機関砲からは、キャビンが邪魔になって、狙われないはずだ! このまま、振り切ってやる……!」彼は、ナイトロスイッチのうち「STRONG」に右手親指を載せた。
ういいん、という音が聞こえた。バックミラーに、視線を遣る。
思わず、二度見した。さきほどまで、キャビンの陰に隠れ、目にすることができなかったはずの機関砲が、今や、キャビンよりも高い位置にあった。おそらくだが、荷台に、機関砲を昇降させるようなギミックが搭載されているのだろう。
牙玖は、ぐるぐる、とハンドルを左に回した。直後、機関砲が、どどどどど、と弾丸を撃ってきた。右隣のアスファルトが、ががががが、と抉られる。
「なんとか、あの兵器を、無力化する方法は……」牙玖はしばらくの間、考えを巡らせた後、「そうだ!」と叫んで、助手席のほうを向いた。「卯美! この近くに、何というか……車がスリップしやすくなっているような路面のエリアはないか?!」
「調べてみます!」卯美はそう返事をすると、たったったっ、と、スマートホンを高速でタップし始めた。
その間、牙玖は、ハンドルや各種ペダルを操作して、迫りくる弾丸を避け続けた。バーガンディよりも後ろに移動した時に、改めて確認したところによると、予想どおり、荷台には巨大なジャッキのような台座があり、その上に機関砲が設置されていた。
機関砲は、リトポンがテクニカルのキャビンよりも前方にいる時は、台座を上昇させ、キャビンよりも後方にいる時は、下降させた。その動作はとても軽快で、台座を昇降させている間は撃つことができない、というわけでもなかった。
「ありました!」卯美が叫んだ。「ここから東に一キロほど進んだ所で、道路工事が行われています! どうも、埋設されている水道管が破裂したようで、辺り一帯、水浸しになっています!」
「よし、そこへ案内してくれ!」
「わかりました!」
それから牙玖は、彼女のナビゲートに従い、リトポンを走らせていった。その間もバーガンディは、こちらを追いかけてきて、機関砲で撃とうとしてきた。彼は、卯美の指示どおりに進むのと、テクニカルの砲撃を避けるのとを、同時にこなさなければらなかった。
数分後、目的地に到着した。なるほど、雨が降っているわけでもないのに、道路が、数百メートルにわたって水浸しになっている。路肩では土木工事が行われており、あちこちのアスファルトが穿たれていた。何箇所か、その開いた穴の中から、低い水柱が噴き出している。
「よし、これならスリップしそうだな……!」
牙玖は、ぐるり、と辺りを見回して、そう呟いた。今は、リトポンの右斜め後ろあたり、数メートル離れた所を、バーガンディが走っていた。荷台に積んでいる台座は上昇しており、機関砲から放たれた弾丸は、こちらのすぐ右隣のアスファルトを穿っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます