第07/11話 ファイト・オン・ザ・トラック②

 卯美は、右足を軸にして、ぐるっ、と、体を半回転させた。兵士は、殴られるとでも思ったのか、ナイフを突き出すのを中止して、軽く仰け反った。

 彼女は、軸を左足に変更した。即座に、右足を、後ろめがけて振り上げる。バックスピンキックというやつだ。

 があん、という音が鳴り響いた。

 蹴りは、兵士には当たらなかった。ばっ、と、その場にしゃがみ込んだのだ。卯美の足は、その頭上を通過した。

 彼は、ナイフを持った右手を、胸の前に構えていた。握り方からして、投げるつもりだろう。

 しかし、実際に投げてくることはなかった。それよりも前に、ランチャーの砲身が、があん、と、兵士の右頬を殴りつけたためだ。

 さきほど卯美は、バックスピンキックで、兵士の背後にあるランチャーの、砲身の後端を、左から右に蹴りつけていた。それにより、砲身は反時計回りに勢いよく回転し、最終的に、それの先端が、彼の顔を殴りつけたというわけだ。

 兵士は、どちゃ、と、右方に倒れ、左半身を床にぶつけた。すぐさま、左手をつき、上半身を起こそうとする。

 しかし、なかなかできなかった。軽い脳震盪にでも陥ったのかもしれなかった。

「はあっ!」

 卯美は、左足を大きく前に踏み込んだ。同時に、めいっぱいに引いた右腕を、前方へ、思いきり突き出す。

 ナックルダスターを嵌めた拳が、兵士の顔面にめり込んだ。

「……」

 兵士は、もはや、何かしらの声を上げることすらしなかった。頭部が後ろへと吹っ飛んでいき、首から下が、それに引っ張られていった。

 彼の体は、いとも簡単に、クリムゾンの後アオリの上を越えた。そのまま、ずしゃ、と、道路上に落ちる。リトポンは避けたが、それのさらに後ろにいる、マルーン平穏党のテクニカルたちは、仲間であるにもかかわらず、躱してくれず、あえなく轢かれたのが見えた。

「まだです……!」

 荷台にいる兵士をやっつけだだけでは、終わりではない。次は、ドライバーを倒さなければならない。

 そう考えた直後、クリムゾンが、ききっ、と、右方へ急旋回した。

「きゃ……!」

 思わず、軽い悲鳴を上げる。床に立て膝をつくと、右側アオリを両手で握った。転落しないよう、踏ん張る。

 クリムゾンはその後も、左に右に左にと、立て続けに急旋回を行った。ドライバーが、卯美を振り落とそうとしているに違いなかった。

 さきほどまでは、他の兵士が荷台にいた。彼だけが転落してしまう、という最悪の事態が起きる可能性があったため、普通に運転していたのだろう。仲間がやられた今となっては、遠慮する必要もなくなったというわけだ。

「くうう……!」

 卯美は、右側アオリにしがみつき続けた。顔を上げ、キャビンの背面を睨みつける。

 なんとかして、運転席にいる兵士を倒さなければならない。しかし、この状況で、どうしたら。

 そこまで考えた時、かつん、と、左足に履いている靴の側面に、何かが当たった。ちらり、と、そちらに視線を遣る。

 荷台にいた兵士が投げ、キャビンの背面に突き刺さった、ナイフだった。どうやら、クリムゾンの激しい蛇行運転のせいで、抜け落ちたようだった。

「これです……!」

 卯美は、ナイフを拾い上げた。再度、キャビンの背面を睨みつける。

 蛇行運転の最中、右から左へと移動している時に、キャビンの背面に付いているウインドウめがけて、ばっ、とジャンプした。窓枠の下辺を、がしっ、と両手で掴む。

 すぐさま、ぐいっ、と、体を引っ張った。胸から上を、運転席・助手席の空間内に、がば、と突っ込む。

 とうぜんながら、すぐに、ドライバーである男性兵士に気づかれた。ぎょっ、としたような表情をしている。

 しかし、それも一瞬のうちのことだった。即座に、左手をハンドルから離すと、センターコンソールに置いてあったハンドガンを取り上げた。こちらに、マズルを向けてくる。

 だが、兵士がトリガーを引くよりも、卯美が、ナイフを、彼の左目に、どす、と、刃の根元まで突っ込むほうが、早かった。

「……!」

 兵士は、かっ、と、右目を見開いた。それだけだった。やがて、ハンドルから両手が外れ、だらん、と垂れ下がった。

「やった! やりました!」

 卯美は、ナイフから左手を離した。「よっ」と言いながら、ウインドウをくぐり、キャビンに入る。

 助手席の前に立つと、兵士の死体を、こちらのシートへ移動させた。すぐさま、自分が運転席に座る。ハンドルを握り締めた。

「ふー……」胸を軽く撫で下ろした。「やっと、テクニカルを奪うことができました……」きょろきょろ、と周囲を見回す。「この景色から推測すると……このままのスピードで進み続ければ、待機しているマルーン平穏党の部隊が見えてくるまで、あと三分ほど、というところでしょうか。ご主人さまも、ついてきてますし……作戦は、続行して問題なさそうですね」

 卯美は、クリムゾンを走らせ続けた。それから、ちょうど三分後、バリケードが見えてきた。

「それでは、クライマックスです!」

 卯美は、助手席の前に移ると、兵士の死体を運転席に座らせた。右脚を動かして、アクセルペダルを踏み込んだままの状態にする。それからさらに、上半身の位置を調整したり、シートベルトを使ったりして、ハンドルに凭れさせると、直進の状態で固定した。

「よし、これで……」

 卯美は、リアウインドウをくぐると、荷台に出た。ロケットランチャーに近づく。

「ふぬっ……」

 卯美は、そんな声を出して力を込めると、ランチャーを持ち上げた。肩に担ぐと、くるり、と、体を半回転させ、キャビンへ近づいていく。それの背面の手前に、三脚を置いた。

 バリケードの周りにいる兵士たちは、最初こそ、こちらに警戒の眼差しを向けてきていたものの、クリムゾンのフロントウインドウの下に、味方であるマルーン平穏党のシンボルマークが描かれていることがわかると、目に見えて油断した。しかし、やがて、ドライバーの様子がおかしいことに気づき、それから間もなくして、荷台に、仲間ではなく卯美が立っていることや、彼女がランチャーのグリップを握っていること、砲口を自分たちのほうに向けているということにも気づいたようだった。

「いまさら気づいても、遅いですよ!」

 卯美はそう叫ぶと、ランチャーのトリガーを引いた。

 ぼしゅうっ、と、ロケットが発射された。それは、横一列に並んでいるコンクリートブロックのうち、二枚の間に命中した。

 どごおん、という音がして、それらのうち、左に位置する物は右半分が、右に位置する物は左半分が砕けた。ちょうど、道路上を横切るようにして設置されているバリケードの中央あたりに、幅三メートルほどの隙間が開いたようになった。

 卯美はその後も、ロケットを、ぼしゅう、ぼしゅうっ、と、発射しまくった。数十秒後には、コンクリートブロックの奥に停めてあった、マルーン平穏党のテクニカル三台、すべてを破壊することに成功した。

 周りにいた兵士たちも、ほとんどが巻き添えを食らって、死亡したり、重傷を負ったりしている。ただ、何人か、軽い怪我で済んだ者もいた。そいつらは、ショックから立ち直ると、こちらに向かって、アサルトライフルを撃ってきたり、手榴弾を投げてきたりした。しかし、その頃にはもう、クリムゾンもリトポンも、バリケードを通過し終えていた。

「成功です!」

 卯美はガッツポーズをした。しかし、それをすぐに終え、ウインドウをくぐって、キャビン内部に入った。早く、事前に牙玖と打ち合わせしておいた、次の行動に移らないといけない。

 彼女は、助手席の前に立つと、運転席に手を伸ばした。ハンドルに凭れかかっているドライバーの死体を固定しているシートベルトを、外す。

 運転席側のドアを、がちゃ、と開けた。兵士の体を、げし、と蹴り飛ばす。彼は、成す術もなくトラックから落下していった。

 代わりに、卯美がシートに腰かけた。ブレーキペダルを踏み込むと、クリムゾンを減速させる。

 リトポンに追い越されたところで、ブレーキペダルから右足を離し、アクセルペダルを踏み込んで、スピードを上げた。牙玖が運転する車の後ろに、ついていく。相変わらず、軽トラの後方、数十メートル離れた所には、マルーン平穏党のテクニカルたちがいて、こちらを追いかけてきていた。

 数秒後、目的の地点が見えてきた。クリムゾンたちの数十メートル先、道路の突き当たりに位置している、丁字路だ。

 今、走っている道路は、南から伸びてきた後、そこで東西に分かれている。北側の歩道には、建物が並んでいるが、一箇所、幅数メートルの隙間があり、路地のようになっていた。それは、ちょうど、交差点から北に向かって通っている。これを含めれば、丁字路ではなく、十字路とも形容できた。

 まず、リトポンが丁字路に差し掛かった。しかし、左右のどちらにも曲がらない。直進すると、歩道に乗り上げ、そのまま路地へと突入した。

 卯美も、その後を追った。丁字路を直進し、歩道に乗り上げる。

「今です!」

 卯美はそう叫ぶと、サイドブレーキのレバーを限界まで引き上げ、ハンドルを限界まで右に回した。クリムゾンが、ざざざざざ、という音とともに、時計回りにスピンしつつ、前へと滑っていく。

 やがて、軽トラは、九十度ほど回転した後、東西に伸びている道路と平行な向きで停まった。そこは、路地を、入り口から一メートルほど進んだ先の地点だった。

「上手く行きました……!」

 卯美は、運転席側のドアを、がちゃ、と開けた。すたっ、と、地面に降り立つと、たたた、と、北に向かって走る。

 路地は、十メートルほどで終わっており、その先は、東西に伸びる車道に併設されている歩道に出るようになっていた。その路肩には、リトポンが、フロントを西に向けた状態で、停まっていた。

 卯美は、それの助手席の前に着くと、即座に、がちゃ、とドアを開け、中に入った。すぐさま、牙玖がリトポンを発進させる。彼女は、半ば倒れ込むようにしてシートに腰かけると、ばたん、と、扉を閉めた。

 バックミラーに、視線を遣る。路地を塞ぐようにして停まっているクリムゾンの前に、マルーン平穏党の部隊が群がっているのが見えた。

 引き続きこちらを追いかけるには、なんとかして、軽トラをどかすしかない。しかし、引っ張ることはできないだろう、そう都合よくロープだのフックだのといった道具を持っているとは思えない。横っ腹に自分たちのテクニカルをぶつけ、押すにしても、路地は十メートルほどの長さがある、それだけ移動させるとなると、かなりの重労働だ。テクニカルを降りれば、軽トラの横を通り過ぎ、追いかけることができるが、たとえ全力疾走してきたところで、しょせんは人間、いくらでも振り切れる。

「作戦、成功ですね」卯美は視線を、バックミラーから牙玖の横顔に移動させた。「彼らがこちらを追いかけてこようと思ったら、迂回するしかありません。その間に、距離を取って、そのまま振り切ってしまいましょう」

「もちろんだ」彼はそう返事をすると、ぐん、とアクセルペダルを踏み込んで、リトポンのスピードを上げた。

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