第05/11話 VS砲塔ポン付け自動車②
次の瞬間、塀に開いた大穴から、自動車が一台、飛び出してきた。全体的に角張った形状をしている、大型のバンだ。ボディは、明らかに普通の自動車とは違い、金属板による装甲が施されており、濃い灰色に塗装されている。側面には、ヴェンタ人民共和国の公用語で「警察」と書かれていた。屋根には、角錐台の形をした、戦車の砲塔が載せられている。
「警察の、装甲車だ!」
牙玖は叫んだ。テクニカルを所有するのは、何も、軍隊だけではない、ということだ。
装甲車は右折すると、リトポンたちの数十メートル後方を、こちらに向かって走り始めた。すかさず、砲弾を、どおおん、と発射する。それは、カーマインの左斜め後ろあたりに、どごおん、と着弾した。
巻き添えを食らっては堪らない。牙玖は、ハンドルを右に回すと、SUVから離れた。
カーマインのほうも、黙ってやられるつもりはないようだった。砲塔を後ろに回転させると、装甲車めがけて、砲弾を、どおおん、と発射する。
その後数十秒にわたって、SUVと装甲車は、どおおん、どおおん、どおおおおん、と、絶え間なく主砲を撃ち合った。こちらとしては、その間に、二台から距離をとりたかったが、あいにく一本道で、逃げ込めそうな脇道の類いはなかった。
しばらくして、決着はついた。カーマインの発射した弾が、装甲車の主砲の根元に、どごおん、と命中したのだ。
砲塔が真後ろに吹っ飛び、ずしゃ、と、道路上、車から数メートル離れた所に落下した。それからすぐに、折れて吹っ飛んだ主砲が、近くを走っていた、マルーン平穏党のテクニカル──コンパクトカーを改造した物──の運転席に、どす、と突き刺さった。
車両は、大きく左方へよろめいていくと、歩道に乗り上げた。その向こう側には、何かしらの工事現場があった。
コンパクトカーは、がしゃあ、と、金網を突き破って、そこへ進入すると、進路上にあった大穴の中に飛び込んだ。直後、縁に停まっていたダンプカーが、荷台を傾け、どさどさどさ、と、積載されていた土砂を落とし始めた。
装甲車のほうはというと、右方へふらついていった後、歩道に乗り上げた。さらには、その向こう側に建っていた刑務所の塀に、どがあん、と突っ込んで、大穴を開けた。数秒後、横縞模様の服を着た、見るからに凶悪そうな囚人たちが、わらわら、と、穴をくぐって、外へと出てき始めた。
バックミラー越しに、そこまで視認したところで、リトポンより後方にいるカーマインの砲塔が、ぐぐぐ、と、回りだしたのが見えた。主砲をこちらへ向けようとしているに違いなかった。
「クソ……!」
牙玖は、ぐるぐる、と、ハンドルを右に切ると、ドリフトしながら十字路を曲がった。アクセルペダルを深く踏み込み、スピードを上げる。
カーマインも、交差点を右折して、こちらを追いかけてきた。リトポンの、左斜め後ろあたりを走っている。
「ご主人さま!」卯美が、スマートホンを操作しながら話しかけてきた。「さきほど、地図アプリで確認したのですが、ここから北へ少し進んだ所で、別の道路が、空中を、東西に立体交差しています! その道路に移って、西に向かって進めば、チョーク源流党の軍事基地へ到着するまでにかかる時間を、短縮できそうです!」
そう言われて牙玖は、フロントウインドウの遠方に視線を遣った。現在、リトポンが走っている道路の左右には、高さ三メートルほどの段差があり、その上に、民家や施設が建っているのが見える。そして、現在位置より数十メートルほど先の地点において、宙を横切るようにして、別の道路が通っていた。さらには、こちらの道路の右端から、上り坂が伸びており、そこに乗り入れることができるようになっていた。
今、彼らがいる道路の、数百メートル先には、別の、マルーン平穏党のテクニカルがいて、こちらめがけて走ってきていた。あれを躱すためにも、スロープに入ったほうが賢明だろう。
「了解だ!」牙玖はハンドルを右に切ろうとした。
後方から、どおおん、という音が聞こえてきた。カーマインが、主砲を撃った時の音だ。
ばっ、と、バックミラーに視線を遣る。しかし、放たれた砲弾の軌道は、明らかに、リトポンのほうには向いていなかった。
「……?」
牙玖が困惑している間に、砲弾はリトポンの左斜め上を通り過ぎ、そのまま前方へと飛んでいった。
それは、立体交差している道路の横っ腹に、どごおん、と衝突した。
「あっ!」
立体交差箇所の真ん中あたりが途切れ、その部分が落下して、こちらの道路に、どどどどど、と着地した。リトポンめがけて走ってきていたテクニカルが、無残にもそれの下敷きとなった。陸橋を渡ろうとしていた一般車両たちは、慌てて急ブレーキをかけ、停止した。
「あの道路は、西に向かわなければ、ショートカットにはなりません……!」卯美が、悔しそうに言った。「もう、この道路を進んだほうが、よさそうですね……」
「なんてこった……」
牙玖は、ぼそり、と呟きながら、リトポンを走らせていった。道路上に転がっている、陸橋の一部分の残骸を避け、立体交差している道路の下を通過する。後ろから、相変わらず、カーマインも追いかけてきた。
「くうう……!」牙玖は思わず、唸るように言った。「なんとかして、あいつを、やっつけないと……!」
「ですが、さきほど体当たりした時の、カーマインの反応を見るに、またラムアタックを食らわせても、あまり効果はないでしょうね……」卯美は、なんとか冷静であろう、としているようだった。「あの車はSUVで、もともと頑丈ではありますが、それにしたって、びくともしなさすぎます。きっと、砲弾を発射した反動で、横転したりひっくり返ったりしないよう、全体的な重量を増加させているんでしょうね」
「反動……」
牙玖は、「それだ!」と叫んだ。「それだ、卯美!」
彼女は、驚いたように、こちらに視線を向けてきた。「な、何ですか?」
「説明は後だ──さっそく、やってみる!」
牙玖はブレーキペダルを踏み込むと、スピードを落とした。しばらくして、カーマインの右隣、一メートルほど離れた所に、移動する。
それからさらに、ハンドルを、ぐるぐる、と右に回していった。最終的にリトポンは、SUVと同じ位置を、十メートルほどの間隔を空けた状態で、走りだした。
「ご──ご主人さま?!」珍しく、卯美は慌てているようだった。「ぎりぎりまで接近して、主砲の死角に入るのであればともかく──これでは、格好の的になってしまいます!」
「いや──それが狙いだ!」
カーマインの砲塔が、ごごご、と、回っていく。数秒後、主砲がこちらを向いたかと思うと、間髪入れずに、どおおん、という音を立てて、砲弾が発射された。
SUVのボディが、ぐらり、と傾いた。右側にあるタイヤ二輪が、宙に浮く。
「今だ!」
牙玖はハンドルを、ぐるぐるり、と、限界まで左に回した。カーマインとの距離を、一気に詰める。砲弾は、リトポンの屋根の上を通り過ぎていった。
「やっぱりな──進行方向と平行でない、真横への砲撃なら、その反動で、バランスを崩すと思ったぜ!」
牙玖がそう叫んだ直後、リトポンは、未だタイヤ二輪を宙に浮かせているカーマインの右側面に、がつん、と衝突した。
SUVが、さらに、ぐらあっ、と傾いた。
駄目押しで、もう一度、体当たりしてやろうか。牙玖はそう考えたが、その必要はなかった。
もともと、見るからに重量バランスの悪い車両だ。SUVの片輪走行は、すぐさま片ボディ走行となった。その後は、惰性により数十メートル、ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ、と滑った後、動かなくなった。
どうも、未だこちらを追いかけてきている、別のマルーン平穏党のテクニカルたちにとって、邪魔だったらしい。巨大なアルミバントラックを改造した車両に、ごしゃあっ、と撥ね飛ばされた。カーマインはそのまま、歩道を越えると、そこに建っていたアダルトグッズショップの入り口に、がしゃあん、と突っ込んだ。
牙玖は、ふー、と安堵の溜め息を吐いた。「なんとか、やっつけられたな……」
「ですね……」卯美はしばしの間沈黙した。「やっぱり、もどかしいです……わたしは、戦いに参加せずに、ナビゲートしているだけ、だなんて。わたしもお役に立てるような場面が、来ればいいのですが……」
「仕方ないさ。まあ、そんな状況に陥ったら、頼らせてもらうよ」
「ありがとうございます。あ、あの交差点を左です」
「よし、わかった」
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