第04/11話 VS砲塔ポン付け自動車➀

 牙玖たちを追いかけてきていた、マルーン平穏党のテクニカルたちは、今や、リトポンの数百メートル後方を走っていた。いくら、こちらのスピードに追いつけるよう、各種のパーツを改造しているらしいとはいえ、これほど距離が空いていれば、そうやすやすとは、追いつかれやしないだろう。そう結論づけると、わずかな安堵を感じながら、視線をフロントウインドウに戻した。

 直後、数十メートル先の右手にある、歩道沿いに建っているビルの一階、全面がガラス張りになっている壁を、がしゃあん、と突き破って、自動車が飛び出てきた。

「わっ?!」

 思わず、牙玖は叫んだ。見るからに頑丈そうなSUVだ。直方体である、三列シートのキャビンがあり、その前に、それよりも一回り小さい、これまた直方体であるエンジンルームをくっつけたような見た目をしている。「カーマイン」という名前の車種だ。運転席は、進行方向に対して、左側に位置している。

 悪路の走行に特化しており、泥道だろうが雪道だろうが、難なく進むことができる。車体も頑丈で、跳ねた石がぶつかった程度では、凹むことはない。という売りの自動車だった。

「何だ、あいつは?! さては、あいつも──」

 テクニカルか、と言おうとした。しかし、直前で取り止め、黙り込んだ。それがテクニカルであることは、見た目で明らかだったからだ。

 カーマインの屋根の上には、戦車の砲塔が乗っかっていた。

 砲塔は、背の低い円錐台のような形をしていた。側面の一点から、太くて長い主砲が伸びている。SUV自体は、紫がかった赤色に塗装されているのに、そこだけカーキ色で、迷彩模様になっていた。主砲の根元の上には、マルーン平穏党のシンボルマークが描かれていた。

「火力が凄まじそうだな……!」

 牙玖はアクセルペダルを、ぐん、と、底まで踏み込んだ。リトポンを、一気に加速させ、SUVの左横を通り抜ける。カーマインは、右折すると、こちらを追いかけてきた。

「とにかく、逃げないと……!」彼はナイトロボタンのうち、「STRONG」に親指を載せた。

 どおおん、という音が鼓膜を劈いた。ばっ、と、バックミラーに視線を遣る。

 こちらに先端を向けたカーマインの主砲が、煙を噴いていた。

「ぐう……!」

 牙玖は、ぐるぐるぐる、と、ハンドルを左に回した。車線を外れ、路肩を走り始める。

 砲弾は、どごおん、という音を立てて、リトポンの数メートル先、右斜め前あたりのアスファルトに落下した。

 道路が、ぐらぐら、と、地震でも起きたかのように揺れた。思わず、「うおっ!」という声を上げる。右のフロントタイヤが、一瞬だけ、ふわ、と浮いた。

 砲弾が落下した箇所の左脇を、通り過ぎる。しばらくしてから、バックミラー越しに、そこの様子を確認した。

 着弾地点には、スカーレットのロケットとは比べ物にならないくらい、大きな穴が開いていた。擂鉢状で、隕石のクレーターじみているのは相変わらずだが、とても深い。あんなものを食らったならば、しょせんただの乗用車であるリトポンなど、ひとたまりもないだろう。

 しかし、悠長にぞっとしてもいられなかった。カーマインが再度、主砲を、どおおん、と、こちらめがけて撃ってきたからだ。

 牙玖は、ぐるぐるぐる、と、ハンドルを右に回した。砲弾は、向かって左の路肩に駐車されているスポーツカー──この国のTVでもよくCMが流されている、最近発売されたばかりの高級車──の、リアウインドウに命中した。

 どがあん、という音が辺りに響き渡った。車は、左斜め上へと吹っ飛んでいくと、近くに建っていたオフィスビルの二階の窓に、がしゃあん、と、ガラスを割って突っ込んだ。屋内にいる人の物であろう悲鳴が上がった。

「野郎……こうなったら、スピードを上げて、振り切ってやる! 戦車の砲塔なんて、かなりの重量があるはず……そんな物を載せていたら、いくらパーツを改造していたとしても、大した速度は出ないに違いない!」

 牙玖はアクセルペダルを、ぐん、と、底まで踏み込んだ。ナイトロボタンのうち「WEAK」を、がちり、と押す。

 ぐおっ、と、リトポンが加速した。どんどん、後ろを走っているカーマインとの距離が、開いていく。

「よし、このまま……!」牙玖は、道路を走っている一般車両にぶつからないよう、細心の注意を払いながら、ハンドルを小刻みに動かし続けた。

 どおおん、という音が、後方から響いてきた。カーマインの、主砲を撃った時の音だ。

 ばっ、と、バックミラーに目を遣る。しかし、こちらに向かって飛んでくるような物は、何もなかった。

 カーマインのタレットを、じっ、と、凝視する。それの主砲は、真後ろを向いていた。

「何……?」

 再び、どおおん、という音がした。同時に、主砲から黒煙が噴き出た。

 その直後、カーマインのスピードが、ぐん、と上がった。

「あのテクニカル……砲弾を発射した時の反動を利用して、加速しているのですね……!」

 卯美が、悔しそうに言った。その間にも、どおおん、どおおん、と、カーマインは主砲を連射しており、どんどんスピードを上げていっていた。

「だったら、もっと強いナイトロで……!」牙玖は、それの作動ボタンのうち「MEDIUM」の上に、右手親指を載せた。

 しかし、実際に押すことはなかった。それよりも前に、カーマインが、砲塔を、くるり、と回転させ、主砲をこちらに向けてきたかと思うと、間髪入れずに、どおおん、と、砲弾を発射したためだ。

「やばい……!」

 牙玖は、ブレーキペダルを強めに踏み込むと、リトポンを減速させた。ハンドルを、ぐるぐるぐる、と右に切る。

 数秒後、どごおん、という音がして、こちらの車の左斜め前あたり、十数メートル離れた地点のアスファルトが、爆ぜた。

 牙玖は、ブレーキペダルから右足を離すと、アクセルペダルを踏み込んだ。リトポンを、再び、加速させ始める。その間に、カーマインとの距離は、だいぶ縮まってしまっていた。

「こうなったら……もっと近づいてやる!」

 牙玖は、ブレーキペダルをかなり強めに踏み込んだ。リトポンが、タイヤを、きいいいい、と、アスファルトに擦らせながら、一気に減速していく。

 カーマインが、こちらの車の左横を通り過ぎたところで、彼は、ブレーキペダルから右足を離し、アクセルペダルを踏み込んだ。スピードを上げると、テクニカルの右隣を並走し始める。

「でりゃあっ!」

 牙玖はハンドルを、ぐるぐるぐる、と左に回した。そのまま、カーマインに、がつん、と、体当たりを食らわせる。

 しかし、目に見えて効果がなかった。SUVは、よろめくどころか、ボディが揺れることすら、なかったのだ。

「ちくしょう……!」

 もう一度、食らわせてやる──牙玖は、そう心の中で叫ぶと、ハンドルを、ぎゅっ、と、さらに強く握り締めた。

 どおおん、という音が聞こえてきた。ぎょっ、として、助手席側のウインドウに視線を遣る。しかし、カーマインの主砲からは、煙は噴き出ていなかった。

 その直後、こちらから見て右側を通っている歩道に建っているブロック塀のうち、リトポンたちより数メートル後ろに位置する箇所が、どかあん、と爆ぜた。

「何事ですか?!」卯美が目を丸くして叫んだ。

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