第02/11話 VS重機関銃ガン積み自動車

 それは、ワンボックスカーだった。四角柱を横倒しにしたような見た目をしている。「ヴァーミリオン」という名前の車種で、ボディは、朱色に塗装されていた。運転席は、進行方向に対して、左側に位置している。フロントウインドウの下に、マルーン平穏党のシンボルマークが描かれていた。

 数年前、牙玖が一時的に日本で暮らしていた時、テレビCMでよく見かけた車だ。キャンプだろうが海水浴だろうがスキーだろうが、たくさんの荷物を載せて走ることができる、という内容だった。

 今や、マルーン平穏党にテクニカルとして改造されたそれには、ヘビーマシンガンが載せられていた。

 とりあえず見たところでは、進行方向に対して右側にある助手席の、ダッシュボードとボンネットの上に、ガラスの嵌め込まれていないフロントウインドウを跨ぐようにして、重機関銃が一丁、据えつけられている。シートに座っている男性兵士が、それのスペードグリップを握っていた。

 そこまで認識したところで、彼が、攻撃を開始した。ずがががが、と、こちらめがけて、ヘビーマシンガンを撃ち始めたのだ。

「く……!」

 ぐるぐるぐる、と、ハンドルを左に回す。とにかく、ヴァーミリオンの真ん前を走ることだけは避けよう、と考えた。そんなことをしていては、ヘビーマシンガンのいい的だからだ。あっという間に、リトポンも牙玖たちも、穴だらけにされてしまうだろう。

 こちらが、左に移動したのに合わせ、アスファルトを、どごごごご、と穿っていく、重機関銃の弾丸も、追いかけてきた。彼はすかさず、ブレーキペダルを踏み込んで、車両を急減速させた。とりあえず、助手席にいる兵士から狙われるのを避けよう、という思いがあった。

 リトポンのスピードはどんどん落ちていき、一秒も経たないうちに、テクニカルが右方を通り過ぎていった。その瞬間に、ちらり、と見たところによると、後部座席にも、ヘビーマシンガンを積んでいるようだった。兵士も、男性が二人、いた。

 ヴァーミリオンの内部には、シートが、最前列である運転席・助手席の後ろに、さらに二列、設けられている。そのうち中央列には、進行方向に対して左に、最後列には、進行方向に対して右に、マズルを向けた状態で、重機関銃が据えつけられていた。

 次の瞬間、ずがががが、と、放たれたヘビーマシンガンの弾丸が、リトポンのボンネットのすぐ上を、ひゅひゅひゅひゅひゅん、と通り過ぎていった。「うおっ!」と、思わず声を上げる。少しでもタイミングが遅れていたら、命中していたところだった。

 左方で、どどどどど、という音がした。見ると、いつの間にやらこちらに追いついてきていた、もう一台のテクニカル──日本の霊柩車を改造した物が、流れ弾を食らって、穴だらけになっていた。

 それは、よろよろ、と、大きく左へよろめいていき、歩道に乗り上げた。その後、しばらく走行した後、突如、どおおん、という音を立て、爆発炎上した。車内に積んでいた何かしらの銃火器が炸裂したに違いなかった。

 牙玖は、視線をヴァーミリオンに遣った。見たところ、内部に積み込まれているヘビーマシンガンで狙えるのは、前方と左右のみだ。車両の後ろにつけば、撃たれなくて済むのではないか。そう考えた。

「試してみるか……」

 しばらくして、リトポンが、ヴァーミリオンの左方を、完全に通り過ぎた。牙玖は、右足をブレーキペダルから離すと、アクセルペダルを踏んだ。

 スピードを、上げていく。しばらくしてから、テクニカルの後ろにつくため、ハンドルを右に切ろうとした。

 しかし、その直前で、ステアリングを握る両手を、ぴた、と止めた。何か、サイレンのような音が、聞こえた気がしたためだ。

 思わず呼吸を止め、耳を澄ませる。やはり、ぴーぽーぴーぽー、という音が、どこかから鳴り響いてきていた。

 そこまで認識した直後、つい数秒前に通り過ぎたばかりである交差点の、こちらから見て左の道から、セダンが現れた。

 ボディは、白と濃紺のツートーンカラーに塗装されており、白い部分には、ヴェンタ人民共和国の公用語で「警察」と書かれている。屋根には、赤と青のツートーンカラーである、細長いランプが載せてあり、ぴかぴか、と光っていた。

「パトカーです!」卯美が叫んだ。

 おそらくは、市警の車両だろう。今回、チャコール市を襲撃した部隊に属している車はすべて、テクニカルだ。武装してはいるが、戦車や自走砲などといった、本格的な戦闘車両というわけではない、民生用の車両に銃火器を積んだだけ。警察の装備でも、じゅうぶん対応できる、と判断したのかもしれない。

 パトカーは、交差点をドリフト気味に右折すると、こちらに向かって走ってき始めた。スピードを落とす気配が、まったくない。むしろ、どんどん上げていっている。そのまま、ヴァーミリオンの背後から、体当たりを食らわせるつもりに違いなかった。

「ぶつかってくださいっ!」助手席で、卯美が叫んだのが聞こえた。

 その直後、ずがががが、という音と、どどどどど、という音がして、パトカーは、あっという間に穴だらけになった。

「な……?!」

 牙玖は驚いて、ヴァーミリオンに視線を遣った。よく見ると、それの屋根にも、ヘビーマシンガンが一丁、設置されていた。

 サンルーフから、兵士が上半身を出していて、スペードグリップを握っている。どうやら、車両の後方を攻撃するための物らしい。銃本体は、窓よりも後ろ側に据えつけられていた。バレルも、こちらに向けられている。

 パトカーは、これの発射した弾丸を浴びたに違いなかった。車両はその後、ふらふら、と左方へよろめいてくと、路肩を越え、歩道に乗り上げた。それから数秒と経たないうちに、近くに建っていた警察署の出入り口にあるガラス扉に、がしゃあん、と突っ込んだ。

 牙玖は、ぐるぐる、とハンドルを右に回した。その直後、サンルーフから上半身を出している兵士が、ずがががが、と撃った、ヘビーマシンガンの弾丸が、どどどどど、と、さきほどまでリトポンがいたあたりのアスファルトを穿った。

「こうなったら……!」

 牙玖は、ぐっ、と、アクセルペダルを底まで踏み込んだ。リトポンが、ぐん、と一気に加速する。

「食らえ!」

 そう叫びながら、ヴァーミリオンの背面に、リトポンのフロントバンパーを、がつん、とぶつけた。

 テクニカルは、左方に、ぐらり、と大きくよろめいた。屋根から上半身を乗り出している兵士による銃撃が、ぴた、と収まる。

 ヴァーミリオンのよろめいた先の路肩には、アルミバントラックが停められていた。チョーク源流党が所有する、プロパガンダ用の街宣車だ。側面に、「マルーン平穏党をぶっ潰せ!」と、ヴェンタ人民共和国の公用語で書かれている。

「ぶっ潰されてしまいなさいな!」卯美が叫んだ。

 しかし、ぶっ潰されはしなかった。ヴァーミリオンは、さらに左方へと移動すると、歩道に乗り上げたのだ。

 歩道上には、ブルーシートを広げ、陶器の類いを売っている商人がいた。テクニカルは、それの上を走ると、がちゃんぱりん、と、商品を破壊しながら、街宣車の左横を通過した。商人の、断末魔のようにも聞こえる悲鳴が上がった。

「しぶといですね……!」卯美は、怨めしそうに言った。

「こうなったら、もう一度、急加速して、振り切ってやる!」

 牙玖は、ナイトロボタンのうち、「STRONG」に右手親指を載せた。すでにヴァーミリオンは、車道に戻ってきており、リトポンの左斜め後ろあたりを走っていた。

 次の瞬間、テクニカルの助手席に座っている兵士が、ずがががが、と、ヘビーマシンガンを撃ってき始めた。

「……!」

 牙玖は反射的に、ブレーキペダルを踏み込もうとした。スピードを一気に落とし、弾丸を躱そうとしたのだ。

 しかし、直前で思い止まった。兵士が発射する弾丸は、リトポンの十数メートル前方を過ぎていっていたのだ。

 それは、車道上をオーバーして、歩道上に到達しており、通りに面している建物の壁に、どどどどど、と着弾していっていた。通行人たちが、悲鳴を上げてその場に伏せ、弾丸をやり過ごしていた。アパレルショップのショーウインドウに立っている数体のマネキンが、無残に砕け散った。

 最初は、リトポンを狙ったにもかかわらず外してしまったんだろう、と思った。しかし、どうやら、そういうわけではないらしい。兵士は、ヘビーマシンガンの射線を、どんどん、前方へと移動させていっていた。

「何だ……?」牙玖は、それの進んでいく先を、目で追った。

 数十メートル前方に離れた所に、ガソリンスタンドが建っていた。さらには、それの手前の路肩に、タンクローリーが停められていた。

「まずい……!」

 牙玖は、右足をアクセルペダルから離すと、ブレーキペダルを底まで踏み込んだ。リトポンが、ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ、という、タイヤとアスファルトとの耳障りな摩擦音を辺りに響かせながら、スピードを落としていく。体が、慣性の法則に従って、前へと吹っ飛びそうになり、シートベルトによって押さえつけられた。

 次の瞬間、兵士の撃った弾丸が、タンクローリーに、どどど、と着弾した。

 最初に、どおおおお、という轟音が、鼓膜を劈いた。それから間髪入れずに、濃い赤や薄い赤、黄色や白など、さまざまな色の入り混じった爆炎が、もくもくもく、と、一気に辺りに広がり始めた。

 次いで、爆風がリトポンを襲った。各ウインドウに嵌め込まれているガラスが、ぎしぎし、と鈍い音を立てた。牙玖がブレーキペダルを限界まで踏み込んでいるにもかかわらず、車両が、ずずずずずっ、と、左方にスライドし始めた。

 車道の左側には、歩道が設けられていた。さらに、その歩道の左側には、いつの間にやら、幅の広い川が通っていた。

「ぐ……このままだと、落ちてしまう……!」

 牙玖は、サイドブレーキをかけると、ハンドルを、ぐるぐる、と右に回した。リトポンを時計回りにスピンさせると、フロントバンパーを、爆心地のほうに向ける。

 ブレーキの効きが、さきほどまでと比べて、明らかによくなった。車両はその後も、川に向かって、ずるずるずる、と滑っていったが、左右のリアタイヤが歩道に乗り上げた後、左のフロントタイヤも乗り上げたあたりで、ようやく停まった。

「ふう……」牙玖は胸を撫で下ろした。

 安堵している場合ではなかった。前方から、何かしらの破片らしい、角の尖った金属板が、こちらに向かって吹っ飛んできていた。

 牙玖は、ブレーキペダルから右足を、サイドブレーキのレバーから左手を離すと、アクセルペダルを踏み込んだ。リトポンを急加速させると、車道に戻りつつ、ぐるり、と、ハンドルを左に回す。

 車両の後ろを、金属板が通り過ぎていった。それは、歩道の、川沿いに設けられている柵に、どがあ、という音を立てて衝突し、破壊すると、そのまま落下していき、ばしゃあん、と水に没した。

 ちら、と、バックミラーに視線を遣った。ヴァーミリオンも、爆風の影響を受けたらしく、車道の右側に設けられている歩道に面しているランジェリーショップに、リア側から突っ込んでいた。入り口に陳列されていたと思われる商品が、辺りに散らばっている。

「さては、クラッシュしましたか……?!」

 卯美が、期待するように呟いたが、現実は甘くなかった。ヴァーミリオンは、再び動き始めると、店から出た。そしてそのまま、歩道を下り、車道に入って、こちらを追いかけてきた。ドライバーの兵士が、右肩に引っかかっていた、意匠の派手なブラジャーを、外し、ウインドウから投げ捨てたのが見えた。

「しつこいやつですね……!」

 しかし、ヴァーミリオンも、ノーダメージというわけにはいかないようだった。四丁あるヘビーマシンガンのうち、屋根の上に据えつけられていたやつと、助手席の前に据えつけられていたやつは、失われていた。猛烈な爆風を浴びたせいか、あるいは、爆風によって吹っ飛んできた物が直撃したせいで、ボディから剥がれ落ちてしまったのだろう。

 さらには、助手席に座っている兵士が、どう見ても尋常の様子ではなかった。左目から、金属棒が、三十センチほど飛び出ているのだ。爆発のショックにより飛ばされてきたそれが、運悪く突き刺さったに違いなかった。

 首から下は、ヴァーミリオンの振動に合わせて揺れているが、首から上は、微動だにしていない。どうやら、金属棒の先端は、ヘッドレストにまで到達しているらしい。頭部が、釘で打たれたようになってしまっているのだ。

 兵士は左目から、だらだら、と血を流していた。右目は、かっ、と見開いており、いっさい瞬きをしていない。すでに絶命していることは明らかだ。

「ふん……」

 牙玖はフロントウインドウに視線を向けた。これで今後は、ヴァーミリオンよりも前にいれば、後ろから狙われることはないわけだ。

「しかし、気は抜けません」卯美も、顔の向きを前方に戻していた。「彼らは、再び、わたしたちを追いかけてきています……つまり、まだ、何かしら、こちらを攻撃する手段が残っている、というわけです。よって、後部座席に積んであった、重機関銃二丁のうち、少なくとも片方は、今もなお、使える状態のはずです。もしかしたら、バレルの方向を変えて、前方を撃とうとしてくるかもしれません。まあ、ヘビーマシンガンは、とても重たいですから、そう簡単にはいかないと思いますが……」

 それを聴いて、牙玖は、バックミラー越しに、じっ、と、ヴァーミリオンをよく観察してみた。なるほど、どうも、後部座席にて、兵士二人が、ごそごそ、と、何かをやっているようだ。こちらから見て右のウインドウからは、相変わらず、銃身の先端が突き出ているが、左のウインドウのそれは、いつの間にやら、引っ込んでいる。

「待てよ……そうか! そうすれば、あいつらをやっつけられる!」

 牙玖は、ぐるぐるぐる、と、ハンドルを右に回した。ヴァーミリオンの右斜め前あたりへ出ると、ブレーキペダルを踏み込む。きいいいい、と、一気にスピードを落とした。

 あっという間に、リトポンは、ワンボックスカーの右斜め後ろあたりを走り始めた。リアウインドウから、後部座席の様子を確認する。

 どうやら、兵士二人は、最後列のシートに設置していたヘビーマシンガンのバレルの向きを、前方に変えようとしているらしかった。助手席に移動させることなく、その場で方向転換させようと努力しているところを見ると、どうやら、助手席や、そこにある兵士の死体越しに撃つ気のようだ。

 彼らは、リトポンがヴァーミリオンよりも後ろを走りだしたのを見て、明らかに動揺していた。慌てた様子で、重機関銃の銃身を、こちらへ向けようとしている。

「遅いんだよ!」

 牙玖は、ぐるり、とハンドルを回して、リトポンを、ヴァーミリオンの左斜め後ろへ移動させた。直後、アクセルペダルを底まで踏み込みつつ、ナイトロボタンのうち「STRONG」を、ぽち、と押す。

 車両が、スピードを急激に上げだした。ウイリー走行が始まる。

 牙玖は、ハンドルを調節すると、リトポンが、ヴァーミリオンのボディの左側面を掠めるようにして、ニアミスした。

 フロントバンパーが、ワンボックスカーのウインドウから突き出ている、ヘビーマシンガンのバレルの先端に、があんっ、と、ぶつかった。

 重機関銃は、そのショックで、ぶおんっ、と、前方に吹っ飛んだ。直後、インストルメントパネルに、どがあん、と、衝突した。それらの間には、運転席のシートと、ドライバーである兵士とが挟まり、押し潰されていた。

 ヴァーミリオンは、その後、ふらふら、と、しばらく右方へよろめいていってから、九十度ほど、スピンした。車道に対して垂直なほうを向いた状態で、停止する。その横っ腹へ、後ろから来ていた、救急車を改造したテクニカルが突っ込んだ。

 どがしゃあん、という音が辺りに響いた。ワンボックスカーのボディは、くの字に折れ曲がった。救急車は、運転席・助手席部分がぐちゃぐちゃになっており、フロントタイヤもパンクしていた。どちらも、もう走れないことは、明らかだった。

「ふうー……」牙玖は眉を開いた。「なんとか、一台、やっつけられたな……」

「ええ……でも、油断はできません」卯美が、緩みかけた顔を引き締めながら言った。「まだまだ、マルーン平穏党の兵士たちが、わたしたちを追いかけてきていますから」

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