真犯人

 事故の時、馬車は2台走っていました。1台めは私と両親をのせたもの。2台めは使用人たちをのせた馬車です。


 そしてなぜか、事故を起こしたのは私たちが乗っていた馬車。


 馬車は崖の上を走行していて、隠れるところはなかったと思います。崖の上は距離があり、魔法発動圏内ではなかった。


 となると、魔法が発動できたのは2台目馬車の中と考えられます。


 しかしその中には使用人しかいません。魔法が使えるものなんて一人もいな……


“私は移民なんですよ、お嬢様”


 ふと、頭の中で声がしました。

 そうだ……誰かそんな話をしていたような気がします。とてもとても、幼い頃に……。


“でも旦那様は移民だとか関係なく接してくれて、だから私も頑張れるのです”


 そう……あなたはいつも頑張り屋さんで、だから私はあなたの笑顔に支えられて……


 そう思っていたのに……あなたは私を裏切った。裏切ってまだ、のうのうとこの屋敷に仕えて……


 えぇ、思い出した。事故の時、一人だけ……一人だけアリバトス国出身ではないものがいた!!


 ジュバッ!!


 私がその結論に至った瞬間、目の前が赤く染まった。みると、叔父様の首が失くなっていたのです。


 恐らく、犯人の名前を言おうとしたのでしょう。その前に口を塞がれてしまいました。


 ごとりと叔父様の頭部が転がり、次に婦人を焼いていた炎が一際大きくなり、婦人を焼き殺しました。


「よく真実にたどり着きましたお嬢様」


 私の背後から声がする。兵が構え、ライアン様が私のところに来ようとして、足を止めました。


 いえ、進めなかったのです。見えない壁のようなものが塞がり、ライアン様は必死でその壁を怖そうと剣の柄で叩いたり、魔法を放っていますが全く壊れる気配はありません。


 どうやら声を遮断されているようで、ライアン様は必死でなにか叫んでおられますが、全然聞こえないのです。


「ラス……ティカ……」


「ご無沙汰しておりますティアお嬢様、お元気そうで何よりです」


 彼女はその手を血まみれにしながら、以前と変わらずにこやかな笑みを静かに向けてくれました。


 そう、なにも変わらない。

 変わらなすぎて、不気味なくらい。


「いやはや驚きました、まさか生きているとは。それどころかこうして復讐に来るだなんて、本当に成長されましたね」


「一体……一体なんなのよあんたわ!!」


 訳がわからなくて叫ぶも、彼女の顔色は変わらない。


 私は私で、理解が追い付かずに混乱するばかり。あのライアン様を止めるほどの魔法を、目の前のラスティカが使っているとしたら、私に勝ち目はない。


 今叔父様の首をどうやって飛ばしたのかさえわかっていないのです。きっとあの攻撃で、私はすぐに首と胴体がさようならするでしょうね。


 ライアン様もそれを危惧してから、魔法を連発して何度と壁を壊そうとしております。


 目の前にある圧倒的な、死。

 今の私では、ラスティカに傷すら負わすことはできないでしょう。


「一体なに、とおっしゃられても……私は私です」


「ふざけないで!! なぜお父様たちを殺したのっ!? 」


「命令でしたもので」


 そういうと、彼女は私に歩み寄りました。一歩、一歩と近づく彼女から、私は逃げられずにいました。


 足が、動かないのです。

 まるで金縛りにあったように、足は地面に縫い付けられていました。


「折角此処まで来て何も知らないなんて可哀想ですから、少しだけ教えて差し上げますが……これはすべて計画通りだったのです。」


「計画……通り……?」


「はい。私の本当の主は、魔物の国とアリバトス国との戦争を起こしたがっていました。そのため、国境付近に領地をもつパラドール家が選ばれたのです」


 ラスティカの主とやらは、本当は魔物の国を攻め落としてほしかったそうです。しかし前領主……私のお父様は戦争どころか、争い事すらしたくない性格でした。


 しかしそれではいつまでたっても戦争は起きない。そのためお父様は殺され、代わりにキースおじさまを領主としてすげ替えられたのです。


 キース叔父様は領主にしてもらった見返りに、言われた通り国境で小競り合いを繰り返した。


 恐らくあと数年待っていれば、しびれを切らしたグロード様は、戦争を仕掛けていたでしょう。今回は、その前に私が協定を結んだことで、戦争は免れたのです。


「できれば魔物の国を潰してほしかったのですが、まさか隣国のレイヤード国が出てくるとは。お陰で領地はとられて大損害です。それもこれも、お嬢様の仕業でしょう?」


 つまらなさそうに呟くラスティカは、しかし次に瞬間にはまたにこやかに笑って手を叩きました。


「でもおめでとうございます。無事に復讐も完了されて大満足ですね。では、もう悔いはないでしょう? だから……さようならお嬢様」


 その言葉が何を意味するかはわかりました。

 瞬間、目には見えないなにかが首筋に飛ばされる気配を感じました。


 それが首筋に到達した瞬間、何もかもがゆっくりに感じました。


 優しかった両親の笑顔。

 強くてかっこよくて、私を優しく包んでくれるライアン様。

 いつもいつも笑顔を絶やさず、こんな私に懐いてくれたクロロ殿。

 ぶっきらぼうで不遜な態度だけれど、誰よりも民の事を考えるグロード様。


 一瞬にして様々な記憶がよみがえります。

 あぁ、これが走馬灯なのですね。


 ……私の人生、これで終わりなの?

 ようやく……ようやく両親の敵を見つけたのに。


 貴女はまた、のうのうと生きるの?

 私は死んで、貴女はまた誰かを傷つけるの?


 どうして私だけ……死なないといけないの!!


 嫌よ、死にたくないっ!

 死にたくなんてないわよぉぉ!!!


 ふざけるな!!

 お前だけは!!

 お前だけはいかしておくかラスティカ!!


 途端に沸き上がる憎悪が、体を支配していき……

 そして私の視界は暗転した……。

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