作戦終了1

 フンフッフフーン


 私は鼻唄を歌いながら新聞を読みます。これはレイヤード国のものではなく、パラドール領の新聞ですが、見出しには大きく


“小麦粉、砂糖の大暴落”


 思いの通りの結果が浮かび上がっていました。


 作戦は大成功。アーノ商会は小麦と砂糖の大暴落で金銭的に大ダメージをおっております。


 人って、操りやすいのです。

 それも1人よりも、群衆の方が操作しやすい……集団心理とは恐ろしいものですわ。


 もちろん手回しはしてありますわ。国境付近に戦争の噂を流してたり、クロロ殿に頼んで魅了した人たちに嘘の情報を流したり。


 そうして不安を煽られた民衆は、購買運動に乗せられたと言うわけです。


 さて、あとは自滅を待つまでです。

 アーノお兄様は周りの評価をとても気にする人。そんな人への復讐は、その評価を地まで落として差し上げること。


 民衆から必要とされない領主ほど、滑稽なものはありませんもの。


 さあ、さあ、躍りください。

 私を楽しませてね、アーノお兄様。


「ティア、ちょっといいかな?」


 部屋のノック後に、すぐにライアン様がやってこられました。とても穏やかに笑っておられます。


「さっき国境隊から連絡があったよ。パラドール領の国境に兵が集まってるって。作戦成功だよ」


 ……バカなお兄様。

 あぁ、本当に、あなたが馬鹿でよかった。


 私はその知らせを受けて、思わず立ち上がりましたわ。


 アーノお兄様、あなたが思ったことを当てて差し上げたしょう。


 物価暴落で資産が著しく落ちたあなたは考えたはず。


 早く領土の防衛対策をしないと、敵国に攻められてしまう。そうなれば国境に一番近い自分の土地が危うくなる。


 しかし兵を揃えるお金はない。叔父様に頼めば、叔父様の評価が下がってしまう。


 自分で何とかするしかない……っ!


 そういう緊急事態の時の金策がひとつありますの。


 血税ですわ。

 ただでさえ困窮を極めたところから、金を搾取する。


 もちろん批判は来るでしょう。


 しかし、戦争に備えるためならば、民は納得せざる負えない。


 苦肉の策ですわ。

 でも領主としては、正しくはなくとも正当なやり方です。


 ひとつ誤算があるとすれば……そう、アーノお兄様。あなたに情報の真意を掴む力がないこと。


 そう、そもそもこの戦争ごっこは、確固たる証拠はないのです。


 だって、ごっこ遊びですか。


 では、そろそろ遊びを終わらせましょう。


「ライアン様、お願いしますわ」


「わかってるよ、ティア」


 彼はそういうと、窓から伝書鳩を飛ばしました。緊急の知らせを、パラドール領の各地に送るために。


 血税は民衆からの支持率を下げ、さらに不安や怒りを抱える諸刃の剣。しかし正当な理由があれば、その刃が己に向くことは少ない。


 では、その正当な理由がなくなったら?

 燻っていた怒りは爆発するでしょうね。


 そうですわねぇ……これも例えばの話なんですけれど、第一王子が戦争なんてしないよ、何て言ったらどうかしら。


 それはそれは楽しいことになるでしょうねぇ。


 ただでないお金を搾り取られ、大切な人たちを兵として奪われて、でもそれが全部ガセでした何てあまりにも……あまりにもひどい話ですよね?


 さぁ、怒り狂った民は何をするでしょう?


 そんなの、考えなくてもわかりますわよね。


 知らせを送った数時間後。

 様子を見に行ったライアン様が嬉しそうに帰ってきました。


 彼、とても目がいいんですの。今いる屋敷は国境に近いといえども、歩けば半日はかかる場所にあります。獣人のクロロどのでしたらもう少し早いですけれど。


 そんな距離の屋敷からも、国境を越えてザバードまで見ることができますの。ほんと便利ですわねぇ。


「どうでしたか?」


「ティアの目論み通り、狼煙が上がったよ。おめでとうティア」


 優しく微笑むライアン様。私は嬉しさのあまり彼に抱きついてしまいました。そんな私の頭を軽く撫でてくれるライアン様。あぁ、幸せですわ。


 なにもかも、うまくいきました。

 今頃ザバードは、暴徒化した民によって火の海となっているでしょう。


 ただでさえ困窮を極めていたところに無理をしたのです、当然ですわ。


 まぁ、そこまで困窮に陥れてしまったのは、アーノお兄様の采配が悪すぎたと言うことです。


 なにせお父様の代のときからザバードの財政難は頭を抱える悩みの種でした。


 今まではお父様がなんとかして建て直しておりましたが、お父様亡き後はみるみるうちに衰退していったのでしょう。


 3年の間に、ずいぶん土地をからしてくださりましたねアーノお兄様。


 これはその恨みです。存分に民からその気持ちを受け取ってくださいね。


 フフフ、アハハハハッ!!


 でも、えぇこれだけでは終わりません。

 終わらせてなるものか。


 さぁ、復讐の続きです。


「僕としては、最後までやりたかったのになぁ。さっきの知らせで僕はお留守番だよ。」


 口を尖らせるライアン様。この後の作戦についての文句でしょう。確かに発案当時からこの場面だけは納得しておりませんでしたし。


 でも仕方ありません。だって戦争ごっこをしていたのは“レイヤード”だけなんですから。そのレイヤードを代表するライアン様は、これ以上動けません。なにせ、戦争はしないと公にいたしましたから。


 でも、公にしたのは……逆に言えばレイヤードだけです。


 財政難の街に、血税で苦しめられ暴徒化した民。こんな内戦状態のところに他国が攻めてきたら、あっという間に鎮圧されるでしょう。


 例えば……ここ数年の小競り合いにうんざりしていた魔王とか。


 ねぇ、そうでしょうグロード様?

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