復讐編
三年後
私とライアン様が川で出会ってから3年の月日が流れました。
その間もう、本当に本当に本当に大変でしたのよ!
もちろん亡命者の私を良く思わない人がいるとか、そういうのはおいておいても。私の教育係となった婆やがとにかくスパルタですの!
ダンスにお裁縫、礼儀に勉強……この3年でたくさん詰め込まれましたわ。
でもおかげで、私は今ライアン様の補佐をしております。
というのも……ライアン様はとても強くてたくましく成長された反面、公務や実務処理能力が著しく低いのです。
つまり補佐が必要。そのために私がいます!
というわけで、16歳に成長した私は今日もびしばし働いておりますわ!
「えっと、レーテル村の税対策に、あとソンチョ村は川の修繕があって…… 」
「ティーーアーー!」
バンッ!
私が政策に頭を悩ませていると、その悩みの種がやって来ました。
そう、ライアン様です。
彼はにこやかに両扉を開けて入ってきましたが……
「ライアン様、またそんなに血まみれにして!」
白いタキシードが真っ赤になるまで血みどろ。これはまぁ、いつものことですわ。
ライアン様、強すぎてとにかく辺りを血の海にしちゃうことで有名になってしまいましたから。
血濡れの王子、だなんて物騒な二つ名すら付けられてしまいましたが、血に濡れたライアン様はとってもかっこいいですよ。
「いいじゃないか、ほら、魔法できれいになったし」
魔法で血を飛ばして真っ白なタキシード姿に戻った彼は、ソファに座ったとたん、不機嫌となりました。
そんなライアン様も素敵ですわ。他の女が手を出さないか心配ですの。何せ、私は……
「ティアはこんなに頑張り屋さんなのに、どうしてみんな僕とティアの婚約を許してくれないんだ」
そう、私はまだ正式な婚約者じゃありませんの。3年共にいましたが、それは変わらずです。
「それは私が、亡命者だからですのよ」
そりゃ、普通に考えて亡命してきた他国の貴族を王妃にするバカはおりませんわ。
だから私は、王妃になることは諦めておりますの。だって自国領土を奪い返そうとするやつなんて、王妃に向いておりませんわ。
「君は無実の罪で追い出されたんだ。それを悪く言うやつなんて皆その口を裂いてしまいたいよ」
3年の間にまぁお口が悪くなったライアン様。口を裂くだなんて……縫ってしまわないだけ優しいですわね。
「仕方のないことですわ」
「うーん……あ、そうだ! いいことを思い付いたよ!」
ライアン様はひらめくと立ち上がり、私の座るテーブルまでやって来ました。私はというと書類の山とにらめっこしながら、時おりライアン様へ視線を向けます。
「君がアリバトス国の貴族に戻ればいいんだよ!」
その言葉に、私はピクリと止まりました。私が思う、唯一の打開策……ライアン様もお気づきになりましたのね。
ちらりとそちらをみると、彼はニヤリと笑いました。
「うん、うん、いい案だ。君は領土を取り戻して晴れて貴族に戻り、そして堂々と僕と婚約すればいい! ね、いい案だろう?」
彼はまだ、あのときの約束を覚えておりますのね。
“僕が自国に戻れたら、君の領地を奪って君にプレゼントしよう”
子供の頃の、他愛のない口約束。でも優しい彼は、それを守ろうとしてくれる。
本当に、本当に優しい人。
これを利用しない手は、ないですのよ。
「それも、いいですわね」
「よーし、そうと決まれば早速攻め込む準備を……」
「それはお待ちください」
私が部屋を飛び出そうとする彼の首根っこをつかむと、彼は子犬のようにしゅんと、口を尖らせました。
「なんでだよぉ」
「ライアン様が出向いてしまっては、すぐ終わってしまいます」
私の復讐は、決してすぐに終わっていいものではありません。強いものからの一方的な搾取で終わる等、あまりにも温い。
徹底的に搾り取って、苦しみ抜いた末に帰る場所もなくなる。
それくらいやらないときがすみませんのよ。
私の冷ややかな笑いに、彼は正反対の優しく人懐っこい笑みを浮かべるのです。
「ほんとティアは、僕より悪知恵が働いて素晴らしいよ。いいよ、それなら君の好きなようにしよう」
彼はそういうと、私の長い髪を一房とり口づけました。
「僕のお姫様。僕は君の下僕さ。君の命令なら僕はどこにでも駆けつけて、誰の首でも跳ねてしまおう」
彼は私を愛しております。だからこんなことを言えるのでしょう。彼とは共同戦線を張った仲、戦友ですから。私も彼の事は大切ですし、大好きです。
だからこそ、わかるのですのよ。
彼が心の底から、利用されたいと願っていると。
王子としてしか見られず、一人の人間としてみられたかった彼は、それを叶えてくれた私にある意味依存しておりますから。
そして私もまた、彼の強さに依存しております。
これは言わば、共依存の関係。
あまりにいびつな関係。
でもいいじゃないですか。
国一番の強さを持つひとりぼっちの王様と、
国を終われたひとりぼっちの令嬢。
こんな二人を結ぶ縁なんて、歪に決まってるではないですか。
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