共同戦線
「見苦しい……ところをみせたね……」
「もうさんざん私の方が見苦しい姿を見せておりますわ」
静かに泣いていた彼が落ち着くには少し時間がかかりました。そりゃ、当たり前です。私なら泣き叫んで弟を呪います。
それをしないだけ、ライアンはとっても強いですわ。
私なんて、昨日の夜は寒さと恨みで泣きまくっておりましたのに。
彼は真っ赤にした目を擦り、起き上がると私を抱き締めましたの。
と、突然抱き締めるのはマナー違反ですけれど……おそらくライアンはコミュニケーションのつもりで行っているはず。
とりあえず今は、目をつぶりましょう。
そういうことは、後々わかってくるでしょうから。それに、こんな状況でマナーもへったくれもないですわね。
「ありがとう。君に出会えて、本当によかった」
離れてくれたライアンは優しく笑ってそういいました。う、顔がいいですからときめいてしまいますのよ!
そんな風に顔を赤くしていたのがばれたのでしょうか、彼は跪くと私へと手をさしのべてくださります。
「ねぇ、ティア。お願いがあるんだ」
彼はまっすぐに私を見つめます。
「僕はこの腕輪をはずすことができない。外すには弟の持ってる鍵が必要なんだ。そのために、君の力を貸してくれ」
私は、恐る恐るその手をとります。そんなにまっすぐに見つめられたら、断りきれないじゃないですの。
「約束する、君は必ず守るから。だから……僕のそばにいてほしい」
「わかっておりますわ。ライアン様」
少しの時間しか共におりませんが、ライアン様が優しくて、まっすぐな人なのは良くわかりました。だからこそ、弟のレイン様に騙されてしまったのでしょう。
そしてそれを悲しむことはしても、恨みはしないのが彼の優しさの証ですわ。
彼は私の手を掴むと、その頬へと口付けられました。
「ありがとうティア」
そして立ち上がると私の隣に寝転がります。そうですわね、もう夜も遅いですし、寝ませんと。
「おやすみなさいライアン様」
「おやすみ、ティア」
こうして今日は、一人寂しく夜を過ごすこともなく。二人で身を寄せあって眠りにつきました。
翌日もとっても晴れていて、私が起きた頃にはライアン様はすでに起きてらして、外におりました。
「朝御飯とってくるから、君は顔を洗っておいで」
彼はまたにこやかにそういうとその場から消えました。魔力を制限されていると言うのに、この強さとは……。恐ろしがられるのも、無理はありませんわね。
でも私にとって、ライアン様は恐怖ではありません。
だって、本当に怖い人たちを知っておりますもの。
「……キース叔父様。必ずこの汚名は返しますわよ」
川に映る私はずいぶん冷たい笑みを浮かべておりました。いけませんわ、お嫁にいく前ですのに。
私は頬を叩いて元の笑顔に戻ると、顔を洗い終えてぼろ屋へ戻ってくると、ちょうど彼が焚き火で魚を焼いているところでした。
「お帰り。ちょうどよかった」
ライアン様は人懐っこい笑みを浮かべると、私に雑草と小さな花で作った花束を差し出してくださりました。
「これ、さっき小さな花畑を見つけてとってきたんだ。今はこんなのだけれど、いつかちゃんとしたものを渡すね」
私はその好意に涙が出そうになりました。だってこんな危険期待に放り込まれた令嬢に、雑草とはいえ花をくださる殿方がいるだなんて。
私がそれを受けとると、彼は意を決したように私の前に跪きましたの。
いきなりどうしましたの!?
彼は胸に手を当て、またまっすぐに私を見つめるとあるものを差し出してくださりました。
それは花で作った小さな指輪でした。
「僕が自国に戻れたら、君の奪われた領地を取り返して、プレゼントしよう」
……え?
「だからその時は、僕と結婚してくれないかい?」
えぇええええ!?
いきなりのプロポーズに私の顔は真っ赤に!
そりゃなりますわよ!だって私、まだ婚約すらしたことなかったんですのよ! これからってときに追い出されましたもの!
それも隣国の、第一王子からのプロポーズ……戸惑わないわけがありませんわ。
でもこれは、チャンスかもしれません。
私一人では、領地を奪還するのは、不可能。
でも後ろ楯があれば?
例え隣国で、自国を侵略することになったもしても……
それでも私は、奪われたものを取り返したい。
私は左手を差し出します。すると彼は、まるで子犬のように喜んで薬指にはめてくださります。
これは契約。
私と彼の間で結ばれた、言わば共同戦線。
彼は自分の居場所を、私は領地を。
それぞれ奪い返すための。
「よろしくお願い致しますわ」
こうして私シェスティア・パラドールは隣国王子ライアン・レイヤードの婚約者となりました。
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