渚のミー子ちゃん

澄岡京樹

渚のミー子ちゃん

渚のミー子ちゃん


 2115年8月31日。永雨ながさめ町は今日も雨です。


 ひいおじいちゃんに聞いたところ、100年前からずっと雨なんだそうです。ひいおじいちゃんはサイバネ技術のおかげで120歳になってもまだまだ元気ですが、永雨町は雨続きなのでメンテナンスが大変らしいです。湿気が多すぎるとかなんとか。


 町の外に出たいのですが、この町には王様がいるのでそう簡単にはいきません。王様は町の中心にある永雨城に住んでいて、ライコウ様と言います。ライコウ様は100年前からこの町の王様です。影響力がものすごく強くて、この町だけイカイカ? しているそうです。私が小学生ぐらいの時この町にきたオジサンがそんなことを言っていました。イカってことはこの町は足が10本あるんですか? って聞いてみたところ「聞き流してくれて良いよ」とだけ返事が返ってきました。変なのって思いました。


 ところで高1の夏休みが終わりつつあるんですが、なんと宿題が終わっていません。数学の課題が丸々残っています。どうシミュレートしても今日中に終わるとは思えません。そういう演算処理はもう誰もが持っている叡智術式ツールでどうにでもなるので「数学早く選択科目になってくれ〜〜」って思い続けています。来年にでも選択科目になってくれないかな。来年はまだ文系理系問わず数学の授業があるので……。


 とか考えながら傘をさしつつ海まで歩いてきました。町の端っこらへんだからかこのあたりは雨が弱めです。私は元『海の家』の軒先に座って海を眺めることにしました。かつて海の家だったその建物の中からは怪しげな声が聞こえてきます。なんかレジスタンスとかいうやつらしいです。よくわかりません。


 どうでもよかったので海を眺める行為を続けていたんですけど、そうするとなんか猫耳の女の子が波打ち際で体育座りしているのが見えました。コスプレかな?


 傘もさしていないのでなんとなく心配になって近づいてみると、同じ高校の制服を着ていました。こんな子いたっけ? 上級生かな。


「ね、あ、先輩だったらごめんなさい。永雨高校、私も通ってますー」

 絶妙にキョドッてしまったのでなんか恥ずかしくなりました。猫耳の少女は半目で「何?」とだけ言ってきました。やっべ、怒らせたかも。


「アッ、いやその……良かったらお話でもと」

「……あー、タメ語で良いよ。ちょうど気を紛らわせたかったからさ」

 数秒後、ボブヘアーの猫耳さんはミー子を名乗った。本名かニックネームかわからない。距離取られてんのかなとか思った。でもそのまま話し始めるとわりとダウナーな感じではあったものの会話自体は楽しんでいるようだったので良かった。


 ◇


「へー、じゃあコトネはこの町から出たいんだ」

「うん、まあそんなとこです」

 いつの間にか進路相談に乗ってもらっていた。心配されているのは私の方だった!?


「で、ライコウが町と町との往来を厳しく制限しているから困ったと」

「まあそんなとこです」

「まあ、じゃなくて。ハッキリ言っちゃいなよ。なんならそんなとこです、でもなくて『出たいです!』とかにしなよいっそ」

 ミー子さん、想像していたよりずっとしっかりしていてなんというかお姉ちゃんって感じだった。なんて頼もしいんだ。


「私メッチャモテるからさ。色んな良いヤツも見てきたし逆に色んなアホどもも見てきたワケよ」

「わぁ、ミー子さんすご……モテの天才か?」

「茶化さんで良い。とにかくね、私はこう言いたいのよ——」

 一呼吸おいて、さらに一瞬の沈黙があった。それは本当に一瞬のことだったのだけれど、それこそ数学の課題が解き終わるんじゃないかってレベルで無限に長く感じた。……私の語彙力じゃ伝わらないかもだけど、とにかく、ミー子さんは本当に綺麗だった。筆絵のような艶のある黒髪と、宝石みたいに色彩豊かな瞳が私の視界を覆ったのだ。雨なんか吹き飛んでしまうほどの美しい衝撃がそこにはあった。

 その永劫とも刹那ともつかぬ一瞬の後——


「可愛い子を曇らす雨は、ブッ飛ばす……ってね」


 まるでアネゴって感じの頼もしさを見せてくれた。


「アネゴ……って呼んで良いですか?」

 思わず尋ねると、

「昔も言われたわねそれ。どこでも同じなのかな」

 などとため息混じりに言って耳をぴこぴこさせ始めた。……すげー可愛いなって思った。ていうかその耳どうなってんの?


「あ、アネゴ、ところでその耳なんですけど」

 やはり好奇心には勝てなかったので訊いてみることにした。するとミー子さんはいたずらそうな笑みを浮かべてこう言った。


「好奇心は猫を殺す……って言うでしょ? やめときなさいな」

 それだけ言って私のほっぺに口付けしてきた。——はぅ、やっぱアネゴすげぇや。


「じゃ、そういうことで。なんか私も踏ん切りついたからさ。コトネも勉強がんばってね。外の学校へ進めるようにさ」


 どういうことだろうと一瞬ポカンとしてしまった内に、ミー子さんは町の中心へ向かって歩いていった。


 翌日、永く続いた雨が止んだ。



渚のミー子さん、了。

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渚のミー子ちゃん 澄岡京樹 @TapiokanotC

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