9
殺しの予定の現場に行くとまた奴賀がそこで待っていた。
奴賀からは死の匂いがする。鉄と煙草の匂いだ。それは深い絶望を思わせた。
そんな奴賀は退屈そうにスマートフォンをいじっている。
きっとこいつは俺が人を殺すのを見て今日も興奮して、俺に薬を打って大勢にレイプさせるなりなんなりその場の思い付きで加虐的な何かしらをするんだろう。そんな奴賀とは裏腹に俺の夜はどこまでも暗く深く沈んでいくのを感じた。
一体何度こんなことを繰り返せばいい。
人が通り過ぎる度、俺は恐ろしかった。次は一体だれを殺さなければならないのか。奴賀の一声がいつ発されるのか。俺はいつ、人をまた殺さなければならないのか。
俺は道路に嘔吐した。
「うわっ!きたねえ!」
奴賀の声が遠い。
「ずいまぜん…もう゛…でぎまぜん゛…」
「は?」
奴賀の苛立ちと戸惑いの混じった声、が聞こえる。
「何が出来ねえだよ、てめえなめてんじゃねえぞ」
奴賀は俺の胸倉を掴んだ。
「で…でも゛……」
俺は涙と涎とゲロまみれになりながら、奴賀を懇願するように見上げた。土下座でもなんでもするつもりだった。
だがその前に奴賀が俺を見る目の中から何かが決定的に消えた。生々しい死の予感が、それと一緒にやってきた。
「もういいわ…思い通りにならないオモチャなんて存在する価値がねえんだわ。最後に一つ、お前が殺した男な。なんでそうさせたか分かるか?」
自失している俺に向けられた黒光りする銃口。奴賀の口元には嘲るような笑みが浮かべられていた。
「うちの人間が駅で軽く因縁つけられたんだってよ。スジのもんでもねえってんで面倒だから一般人のお前に始末させた。ヤクザもんの腹いせで人生丸ごと棒に振った感想ってどんな感じだよ?なあ」
薄々は感じていたことだった。俺が殺したあの人たちのことを。何の罪もない人を殺したんじゃないかということを。
「まあ、これから死ぬ奴に関係ねえか。リンチにされてからコンクリ詰めかな?精々死ぬまで楽しませてく」
拳銃の破裂音。そして地面に崩れ落ちたのは、奴賀の方だった。
「藤生さん…」
「麻…薙…?」
麻薙は拳銃を懐にしまいこむと、俺の手を取り足早にその場を去っていく。
辺りに控えているはずの奴賀の関係者に鉢合わせたらと思うと気が気ではなかったが、新宿駅前まで抜けると人通りも増えていった。西口改札のシャッターの前で俺は麻薙の手を引いて静止を求めた。
「お前…」
「…これであんたとはおあいこや、人殺しなんて初めてしたわ」
そう言って麻薙は何でもないみたいに笑った。でも口元に浮かんだ笑みは微かにいつもより乾いて見えた。
「なんで…」
「…なんでも何もあらへんよ」
両腕で抱き締められた。
「俺はあんたをほっとけへんだけや」
振りほどく気にはなれなかった。俺は、ひどく疲れていた。
「…それであんたはどないしたいんや?藤生さん」
俺の胸の奥に達したその言葉は…多分俺にとって初めての光だった。
「……たく……ねえ……」
喉から咄嗟に出てきた言葉と同時に、俺の目からは熱いものが溢れてきた。
「死にたく………ねえ……よぅ………」
「………アンタ、死ぬほど阿呆やなぁ」
麻薙の手はあやすように俺の頭を撫でた。
お前に言われたくねえよ。そう思って俺は涙を流した。意味も分からず涙が溢れて止まらなかった。
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