8
拳銃は両手にずしりと重たかった。
俺は麻薙の事務所兼住居のあるビルの屋上の手すりにもたれて立っていた。
俺は俺でいる限り、どこへも行けない。なんにもなれない。
俺の帰る場所は、家にはなく、学校にも、職場にもなかった。自分自身ですらなかった。
だから俺は自分自身から逃走しなければならなかった。逸脱しなければならなかった。トリップだけが俺にとっての居場所だった。
俺は俺の支えであったはずのうつくしいはずだった言葉やものごとを一つ一つガラクタを捨てていくような気分で数えていた。
物事の価値はいつかは廃れる。心も身体もいつかは老いる。
これから俺は醜く老いて、やがて腹も出て、目も耳も衰えて孤独に死ぬ。
じゃあ今の俺は?
書籍化の話が来た今となって、未来永劫これ以上ないほどの幸福を思い描いたまま死ねるんじゃないか?
だって、そうだろう?お誂え向きに拳銃だってある。
俺はそいつを自分のこめかみに当ててみる。
撃鉄を起こすと冷たい金属音に背筋にぞっと冷たいものが走る。胸の奥に真っ黒い絶望が込み上げてくる。
後は指を引くだけ。そうしたらこの生き地獄とはおさらばだ。殺人者として生きるよりもできれば被害者として死にたい。その方が世間の目だって幾分同情的なはずだ。
10…9…8…7…
孤独で冷たい死のイメージが俺を怖気づかせる。でも俺はもういい加減楽になりたい。
6…5…4…3…
0になった時、ちゃんと引き金を引けているだろうか?こんなことなら何かしら…エクスタシーを一錠でも持っておけば…
「何しとるんや」
麻薙の声が背中から聞こえた。どうしてここにいるってわかったんだろう。でももう何もかも今となっては些細なことだ。俺はなぜか安堵感を覚えていた。
こいつはどんな顔をするだろう?
「俺は人殺しなんだ」
麻薙は顔をしかめた。
「…アンタ何を言っとるんや?」
「本当だよ」
俺は過去チンピラの使い走りをさせられており、人を殺したこと。そして今はそのことに付け込まれてさらなる殺人をさせられていることを麻薙に話した。
麻薙は終始表情を歪ませていた。それがまるで泣きそうな顔だったから、俺は素直に驚いていた。
違うだろ、お前はもっと小利口で合理的で冷たいやつのはずだろ?
麻薙はかぶりを振ってため息をつく。
「…藤生さん…アンタそれで自殺するんか?」
麻薙がゆっくりと俺に近づく。俺は得体の知れない恐怖感から銃口を麻薙に向けた。
「近寄るな!」
震える銃口を向けられた麻薙は、やはり悲しそうな目をしていた。
「狂人の演技なんか胸糞悪いだけや…アンタのそんなところ俺は見とうない」
「演技……??演技だと……??お前に……俺の一体何がわかるってんだよ……!」
麻薙は俺は…と何かを言いかけたが、階段を駆け降りて行く俺の耳には届かなかった。
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