第45話 塾生活
「あーあ、ちょっと勉強にも疲れたね」
「気分転換のブンさんも最近はきてくれなくなったし」
「でもアメリカの情報局も結局「新手のテロ」という公表だったね」
「知ってる? ダビンチ法が原因って言った日本の若い先生の動画、次の日削除されたって」
「ほんと? 」
「うん、一度だけ確認して止めたよ。僕らの仕事どうなるんだろうね」
ブンさん以外のメンバーが集まって勉強しながら、話ながら、この一年で二度目の「休職状態」になっていた。先生からは何の連絡もなく、課題も届かない。すると、部屋の外からかすかな音がして、ドアが開ききる前に
「ブンさん!! 」皆は喜んだ。
「え! どうしたの? 送別会はやってもらったろう? 」
「どうしたって、急に会いに来てくれたんじゃ・・・」
「呼び出しだよ、良かった、入寮二日前、まあ先生はわかってのことだろうけど」
「先生からの呼び出しですか? 」
「どうしたんだよ、何か変だぞ、緑、不安そうだな」
「最近僕らには何の連絡も無くて」
「まあ・・・忙しいだろうから。そんな心配そうにしなくても大丈夫だよ。便りが無いのが良い便りだ。今は尚更俺たちの安全対策に頭を悩ませているだろうからさ」
「先輩急に大人」
「全くもう、お前初任給でおごってやらないからな」
「先輩・・・初任給でおごるの・・・無理でしょ」
「かも、最初は薄給」
陰鬱な空気は急に暖かくなった気がした。久々の全員集合は、とにかく楽しい時間になった。
すると突然、コンコンとゆっくりとしたリズムでノックが聞こえた。
部屋は逆に静まりかえった。ここに誰かが来ることはほぼあり得ない。僕たちが自然にドアを開けているのは、実は塾の階段の監視カメラで確認し、ドアのロックが自動的に解除されているからなので、不審者は開けることが出来ない。
一号が監視カメラの映像をパソコンに映すと
「アンドロイドだ! 」
今度は悪寒、恐怖、それが体中を支配した。開さんの時の映像が僕の体の全てを駆け巡っていた。
「どうしてアンドロイドが! 」「ばれたのか! 」
二号は体を非常用のはしごのほうにもう向けて、
「ねえ、先にとにかくママ子ちゃんだけでも! 」
「そうだ、そうしよう」「えーっと昨日やってみてよかったな」
そんな会話の中、ママ子だけは異常なほど冷静だった。
「ドアを開けましょう」
「え!! 何を言っているんだよ!! ここにアンドロイドが来ること自体が変じゃないか!! しかも先生から何の連絡も無いんだ! 」
「そうね・・・きっとそれは味方だからじゃないかしら」
「は? 」
「大丈夫、大丈夫よ、心配ならそのはしごだけでも降ろして、皆が先に」
するりとすり抜けるようにママ子はドアを開けたので
「ママ子!! 」僕は叫んだけれど、ママ子は扉をすぐに全開にした。
立っていたのは、最新鋭と思われるアンドロイドで、塗装が少し剥げかかっていた。いや、僕ら全員にはすぐにわかった。そんな風にわざわざ塗装しているということが。
不安は、全て消え去った。代わりに記憶が、僕にとってはあの時の天気が、小雨を受けてくれたあの木が、そして、一生忘れることの出来ない言葉がよみがえった。緊張から解放された穏やかな空気が、部屋中に満ちていた。
ママ子はアンドロイドをしばらく見つめ、そうして僕らの方に振り向いた。
満面の、本当にうれしそうなその笑顔は、そこにいた男全員をしばらく幸せな気分にしてくれた。
そうして、ブンさんがアンドロイドに向かって言った。
「最初に抱きつくのって、やっぱりママ子ちゃんが良いですか? 」
「そうだね、やっぱり女の子が良いね」
アンドロイドがそう答えたので、
「やっぱり男の人だったんですね」
モンさんも僕たちも微笑んだ。
「ありがとうございます、先生! 先生は私に「生きること」を与えてくれました、本当にありがとうございました! 」
そう言いながら、まるで小学生が着ぐるみの人にそうするように、ママ子が抱きついた。
誰もが彼女と同じ事を言うつもりだった。
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