第40話 真(まこと)の中のウソ
ブンは正直迷っていたが、やっぱり行ってみよう、挨拶もしておかなければいけないからと、本当の感情を押し殺したような理由を、自分自身に言い聞かせた。
都内のマンション、決して豪奢では無いにせよ、ここに住むには、単純にお金以外のものも必要だとわかっていた。
「開、あの言葉は、笑わせてくれる。そうか二人で話したな、そんなことを。何年かしか経っていないのに、すごい昔のような気がする」
自分と開は両極だった。生まれも育ちも能力も、そう思っていた。
だからこそ反発し合い、傷つけ合った。
でもお互いの事を本当に深く知れば、「親友」と呼べる初めての人間になった。
三階建て、一般的な東京の住宅で、入り口前のインターフォンを押しながら「おばさん、バタバタしているかな」と周りを確認した。まだ取材陣はここにやって来てはいない。
ブザーを押してしばらく待った。すると案外早く返事があった。
「もしかしたらブン君? 」
「おばさん、どうしてわかったの? 」
「あなたがブザーを押すと何故かゆっくりなのよ・・・もしかして開のことで来てくれたとか・・・」
「はい、大学の近くだったから、もしかしてと思って・・・」
「とにかく入って! 」
ブンは勢いよく階段を登っていった。
開の母親にしては、感情を素直に出す人だった。
「おばさん、感が良い・・・ママ子ちゃんみたい・・・怖い・・・」
マンションの入り口から開の家に入るまで、ちょっと頭の中をもう一度整理しなければいけなかった。
「ああ・・・ブン君ありがとう・・・・」
興奮、解放、喜び、心配、体中にあふれ、こぼれ出ていた。
家に彼女しかいないようだった。 開の家はとても落ち着いた空間で、家具は整っているが、家の見えるところに、子供達がつくった作品が置いてある。その不調和さが、愛情であるように彼には思えた。
「開はもしかしたらあのモールに? 」
「そうなのよ・・・・爆発のあった何分か前に「今どこ? 」って電話したら、その場所だって言ったの・・・不機嫌でね・・・デートだったのかしら。
爆発がすぐその後だったから・・・・」
実の母親でも「かしこそうな東洋人の男の子」がまさか自分の子供だとは思えなかったのだろう。
「広い場所ですから大丈夫だったんでしょ? 」
心にも無いことを、事実を知っているのにもかかわらずこう言わなければいけなかった。
「それがね、直後から連絡が取れなくなって、もう・・・どうしたら良いかわからなくて。嫌な予感がしたの・・・何だか・・・私あの子が海外に行くことは大反対だったから」
「そうだったですよね」今考えれば、母親の予知ともとれる。
「で、結局巻き込まれて、腕の骨折だったって。私すぐ行こうと思ったけれど、単純な骨折だから大したことないって本人が言うの。顔は・・・ちょっと険しい表情だったけど、元気そうだったから。現地の警察も病院もとっても良くしてくれているみたいなの。だから行くのなら、少し落ち着いてからの方が良いと思って」
「そうですね、そちらの方が僕も良いと思います」
「なんだか・・・ブン君のほうが急に大人びている気がするわ。社会に出るからかしら? ああ、どうだった? 警察官の採用試験? 」
「ありがとうございます、合格です」
「ああ! 良かった!! そうそう、これこれ」
彼女は、お祝いの、のし袋をブンに渡した。
「おばさん・・・」
「本当におめでとう、息子と同じ年のあなたに変かもしれないけれど、
私あなたのことを尊敬するわ。開もあなたに会って、世界がきっと広がったのよ。私の方が感謝してもし尽くせないわ」
「そんなこと無いですよ、僕こそ本当にありがとうございました。料理も・・・もらって・・・本当に美味しかった・・・兄弟達にも優しくしてもらって・・・本当に・・・・」
ブンは泣き始めた。昔のことから今日の事までが、水のように一気に流れ込み、涙はそのしぶきであった。
「開とは・・・まだ直接話せないの? 」
「ええ・・・僕が社会人として信頼を得るまでは駄目なのだそうです」
「そう・・・開も寂しがっていたのよ」
実は親が国際的な犯罪に手を染めてしまうと、生計を一つにする親族は海外への通信が出来なくなる。子供の場合は独立し、完全に自立するまで復活は出来ない。親が悪用する可能性があるからだ。
だが実はブンの親はそこまでのことはしていない。
つまり子育ての義務を怠った親をちょうど良い具合に使い、自分達の秘密を守ることにしたのだ。
「ブン君。開が行ってしまったからでは無いけれど、いつでも家に遊びに来てちょうだいね」
「はい、ありがとうございます」
ブンは帰ることにした。でも玄関でこう伝えた。
「今日の富士山、とってもきれいだったんです。皆で開に見せてやりたいって話していたんです、皮肉な話ですけれど、そう伝えていただけますか」
「ありがとう、皆にもよろしく伝えてね」
いつもの優しい人に戻れていた。
夕暮れの富士も美しいままだった。冠雪は少し溶けたように思えたけれど、うっすらとピンクを帯びた霊峰は、しばらくブンの歩みをとめた。
「開、そう、俺たちはもう大人だ。早かったな、高校の三年。気が付いたら卒業だ。
開、もしかしたらお前以上に俺たちはこの国で「戦わなければいけない」かもしれない。
でも今日は休もう、頭も体も、
これから先のことのために」
朝の空気と光が、爽やかな始まりを導くように、夕暮れは、生きる人間に優しい休息を促していた。
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