第25話 ファンファーレ
「緑、どこかの塾にでも入ったら? 」
「いいよ、勉強は家でする方が好きなんだ」
お母さんとしたら、友達がいたほうがいいと思ったのだろう。でも何故か僕はそうする気持ちにはなれなかった。
そう、何かを待っている、自分でもわからない何かを。
僕は、ほとんどかかってくることのない電話を、どこか祈るように見ていた。
体は、力が満ちたような、体温が何度か上がったような、自分の体の中を、血液がかなり早くめぐっているような感覚を覚えた。
多分実際はそんなことはしないのだけれど、もしまた僕をいじめてきたら、彼らを殴ることに何のためらいもないような気分だった。
でも個人的な恨みとも違う、どちらかというと悪いことに対する制裁のような感じだ。
もしかしたらそれは「僕の運命への前奏」を体が察知していたのかもしれない。
そして、電話が鳴った。
「来た! 」
「緑君元気でやっているかい? この前はすまなかったね・・・」
僕はまた先生と会うことになった。
しかも電車で少し行ったところで待ち合わせて、食事もおごってくれるという。とにかく僕は
「何かを期待して」先生に会うことにした。
「やあ、緑君、たった二週間ほどなのに、なんだかちょっと変わったような気がする、大きくなったような」
「ストレスがなくなったせいですか」
「自分のことなのにかなり客観的な言い方だね、中一だよね、私の方が子供だったよ」
先生はにこやかに笑ったけれど、それも何かを隠すようだと思った。
「ここ、来たことがあるかい? 」
「小さいころ一度」
ここは都心から少し離れたところにある観光地。富士山の噴火でも元々あった古民家は無事であったため、改めて先人の知恵が見直された場所の一つだった。
なので観光の日本人も外国人もいつも多い所だ。
木造建築、漆喰の建物、江戸時代を思わせる通りだった。
僕が来たのは小さい頃だったので、お土産屋さんと、その時に着物を着て写真を撮った事しか覚えてはいない。でもあの頃に比べて、アンドロイドがかなり増えたと思った。
来てからまもなく、僕らはこの屋敷群の土蔵を改良したカフェの二階で、食事を取ることになった。
「バイキングだから好きなだけ取って食べるといい」
と言ってくれたので、僕は自分でもびっくりするくらい色々な物を食べた。料理も美味しかったので、話をするのもそっちのけだったけれど、でも先生は僕のそんな様子を、今までで一番愛情に満ちた目で見てくれていた様な気がした。どこかあのアンドロイドと同じような気がした。
先生は食べながら、土蔵の小さな窓から、メインの通りチラリチラリと不自然に覗くので、僕も外を見ると、
「あ! あのアンドロイド! あ・・・でも・・・違うかちょっと違うみたい」
「同じ型だよね、緑君」
「ええ、でも何だろう、ちょっと違う。それにチラリと僕の方を見たような感じでしたけれど、そのまま行ってしまったと言うことは、別・・人ですね」
「別人、ね。アンドロイド達はそう呼ばれるとうれしいらしいね」
「僕もあまりアンドロイドと話したことはなかったので」
「依存症が急増したから、若い子達には会わせないような法律になっている。でもそれも変わっていくよ、きっと急激に。一部の学校では復活してきているだろう? 」
「ええ、良い成果が上がっていると聞きました」
「日本の安全は交番の多さから来ている、って昔から言われていたからね。学校内に警官に近い存在がいるって事なのかもしれない」
「でも、全ての公立の学校に配備するには資金がかかりすぎるんでしょ? 」
「そういうことだろうね、本当に中学生かな? それこそ今僕は「君に似せて作られたヒューマノイド型」と話している気がするよ」
「そうですか? 最新型は確かにすごいですよね、町を歩いていても、本当にわからないでしょうね。でも僕小さい頃、ヒューマノイドのロボットがマスクをして歩いているのを見て「あれ、アンドロイド! 」って親に言ったらしいです」
「感覚が敏感なんだね、子供はわかると言うから」
そんな世間話をしながら、先生は本当にゆっくりとお箸を動かし始めた。
明らかに「別のこと」を考えていたのはわかった。
「ああ、お腹いっぱいです、ご馳走様でした」
「元がとれてよかったよ、私は年々食が細くなるから。ああ、緑君、君にちょっと頼みがあるんだ」
そうして僕らは大通りに出た。そこで先生はかなり遠くにいるロボット型アンドロイドに
「緑君、私はアンドロイドの動作確認も仕事の一つなんだ。悪いけれど、あのアンドロイドとちょっとだけ会話してきてもらえないかな、普通の会話を」
「わかりました」
食事をおごってもらったのだからと、僕は目的のアンドロイドに近づきながら、頭の中ではその方法を考えていた。
「ちょっとだけ古い型、アンドロイド好きで、この型が好きだって話そうかな」
生まれて初めての給与をもらう仕事は、ガヤガヤとした人の声の中で始まった。しかしその時に聞いた音の事を何故か僕は今でもはっきりと覚えている。早口の外国語、若い女の人たちの明るく、ちょっと耳障りな笑い声、そしてバックに流れている「典型的な雑踏」の音。
僕にとってこれは、船の出航の汽笛、まさに競馬のファンファーレだった。
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