第24話 先生との出会い
普通の、まともな中学校生活が始まると、まるで僕がいじめられていたことなどなかったかのように、教室は明るくなった。それはいじめていた生徒に専門の先生が付いて、指導なり改善策なりを教えたからというのが、みんなの意見だった。
「ごめん・・・」
と謝ってくれる小学校からの友達もいたけれど、僕はそれがひどいとか裏切られたとか、そういう思いはなかった。
「ほとんどの人間はそういうものなのかもしれない、大人でも信念がある人なんてそういないのだから」
と、どこか達観というか、そういう言葉まで覚えるようになった。
僕も「人間の心理カウンセラー」と話をしたけれど、心の中であのアンドロイドのほうが、すべての事を深く、多角的に、また優しくとらえていると思った。そして何故か不思議とあのアンドロイドの存在を、べらべらとしゃべる気にもなれなかった。
夏休みが始まり、遊ぶ友達がまだいないのを少し寂しく思っていた時だった。担任の先生からの連絡で、特別な心理カウンセラーが僕のところにやってくるという、しかも自宅で、両親ともいてほしいというのだ。
もちろん、お父さんもお母さんも了解し、その日がやって来た。
「すいません、わざわざお休みをとっていただいて」
「いいえ、良いんです、この子のためですから」
やって来たのは、そう、村塾の「先生」だった。
僕もお父さんたちも先生の雰囲気があまり「カウンセラーらしくない」のが不思議だったけれど、でも僕の現状を熱心に聞いてくれて、状況が改善したのを本当に喜んでいた。
そうして話しているうち、僕は妙な感覚に捕らわれた。
昔の頃のような不安定な自分、目の前の大人三人の声が聞こえない、でもそれが苦しみとは少し違ったものだと、自分でも分かり始めた。
僕の心の何か、奥底にある物なのか、善なのか悪なのかさえわからないものが、急激な渦にでもなったように高速で回り始めた。
そしてその渦は何かを呼んでいる、自分と同じものの存在、仲間、もしかしたら似て非なる物なのかもしれない。それを体の中に持つ人を、強く求めるように、そして
「見つけた」と、少し悪魔めいた自分の声まで聞こえてきた。
それは父でも、母でもない。
この目の前の初めて会った男の人だ。
僕は大人の会話が途切れたところで
「あの・・・僕の会ったアンドロイドさんはお元気ですか? 」
僕の問いかけに、男性は決まった愛想笑いを浮かべるように
「ああ、君のことをとても心配していてね、でも良い報告ができそうでうれしいよ」
「あの、私たちもこの子の親として、そのアンドロイドさんにお礼を申し上げたいのですが」
「それはお気持ちだけで充分だと思います。人間のようにお菓子を食べたり、物を喜んだりということがないので、何よりも言葉そのものを喜びますから」
そう先生は言って、僕の方に向かって
「これからちょっと君だけと話ができないかな。ご両親には申し訳ないですが、よろしいでしょうか? 」
「ああ、それは構いません、よろしくお願いします」
僕たちは外に出て、二人であの公園に行くことにした。あの日と同じようにベンチに座り、大木は、セミの声に負けないような青々とした葉っぱを何千と茂らせ、今日は涼しい木陰を僕らに与えてくれた。
やっぱりここに座ると、あの時の感情が思い出され、帰りたくない、思い出したくもない過去に引き戻された感じがした。さっきまであった大人びた感情は消え失せ、キリキリとお腹が痛んだ体の記憶まで再現された気持ちになった。
先生の本職はもちろん心理カウンセラーではないけれど、僕の気持ちを察してくれたのか、しばらく何も言わなかった。
そして、どこからか少し涼しい風がやってきて、木の葉をいつものように奏でた後だった。
「緑君、どうしてあのアンドロイドのことはあまり話さなかったんだい? 」
この人の聞きたいことは何よりもそれだったのではと感じた。
「そうですね、どうしてでしょう、本当に感謝しているし、尊敬もしているのに」
「尊敬? 」
「はい、立派なアンドロイドですね、でも・・その・・・優秀な心理カウンセリングロボットかもしれませんが、あのアンドロイドに依存してしまうという感じとは、ちょっと別のような気がします」
「どう違う? 」
「ずっと一緒にいたいというんじゃなくて・・・何かが・・・その・・・怒らせたらすごく怖いと思うんです。僕は「荒れた海のような所もある」って思いました。人間みたいです、しかも何だろう・・・頭も良くて強くてみたいな」」
「アンドロイドは怒らないよ、警告して止めるだけだから」
「そうですね、なぜそう思ったのか不思議です」
「そう・・・」
すると先生の時計電話が鳴って、ちょっと先生は席を外した。後で聞いたら、その時は開さんがかなり危険な大手柄を上げていて、あとで先生から鬼のように叱られたそうだ。
「緑君、ちょっと用事が出来てね、悪いけれど連絡先を教えてくれないかな、またしばらくして学校生活がどう変化したか、会って聞きたいんだ」
「わかりました」
その返事を聞いてすぐに、先生は駆け足で公園から出て行った。
先生のそんな姿を見たのはそれが最初で最後だった。
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