第20話 機械の音
あれは五月の暑い日だった。午後からの雨に備えて、僕は学校に傘を持って行っていた。中学に入ってもう何本目の傘になるだろう。親にも言えず、格安の傘を買ったり、拾ったりしながら使っていた。名前などわざと書かないのに、僕の傘は下校時にはやっぱり無くなっていた。
目印にはったシールのある傘、それを置き場で僕が必死に探しているのを、数人の男子と女子がクスクスと笑っていた。彼らはそんなところまで確認している異常さがあった。
学校を出るときにはそれほどひどくなかったので、僕は走って帰ろうと思った。でも方向があのグループと一緒なので、遠回りになるけれど、学校近くの大きな公園を突っ切って帰ろうと急いだ。雨は僕の予定などお構いなしに、急にひどくなった。公園の中にはいくつかの雨のしのげる場所があるけれど、そこには高校生のカップルや、雨宿りの人が多くいて、その中に入って行く気にもなれなかった。
人自体が苦手になってきていた。
走りながら
「どうしてそんなことするんだ、小学生みたい。人を困らせて遊んでいるんだ、何が楽しいんだ! 何故そんなことに頭が回るんだ」
雨の中叫んだ。
怒りを彼らにぶつけることが「遅すぎた」のかもしれない。
しかも僕の担任の先生は、彼らのグループが所属する部活の顧問で、仲が良いのだ。先生のいないところでは悪口を言いながら、前では明るく楽しく、へこへこした彼ら、元々好きになどなれるはずも無い。
雨はいよいよひどくなったので、僕はとにかく木の側のベンチに行くと
「あれ・・・雨が・・・そんなにひどくない。昔の人は木の下で雨宿りをしたって言うけど、本当だったんだ」
小さな感動をして、僕はまだ少ししか濡れていないベンチに座った。
インターネットの発達はある種究極まで来ていた。
昔は相手を傷つける言葉を書いていじめの道具になったこともあったが、このことに対しては、ほぼ完璧に「ブロック」することが出来るようになった。
しかし言葉は複雑なので、直接的ではなく、遠回しな言い方でも、他人を傷つける事は出来る。だが、このようなことを執拗に続けた場合は、例え未成年でも今度は
「ネットワーク保全法」に抵触し、最長三年の「文字通信」の禁止、一番シンプルな「電話機能」以外使えなくなる。つまり自分の文字をネット上にあげることが全く出来なくなるのだ。
この「ネットワーク保全法」は一部の人には「悪法」という意見まである。
未成年者に罰金はないが、自分の子供がこの法律に違反して、親の通信機器で文字を送ってしまうと、親に罰金が科せられる。
それが度重なると、親も文字通信が禁止される。そうすると仕事に影響が出てしまう。
つまり現代の「いじめ」は証拠の残りづらい「直接的な意地悪」となり、大きな問題にもなっている。
「わかっているのに・・・何の意味も無いことも、彼らが悪いことも・・・」
頭をもたげ雨の事すら忘れた僕に、近づく音があった。それがアンドロイドの音であることはわかっていたけれど、気にもならなかった。
でもその音が僕の前で止まったとき、やっぱり顔を上げた。
プラスチックの無表情な顔が、優しげで、穏やかで、僕の悲しさと苦しみを受け止める事など、簡単にできる様な大きさを感じた。
「海のような人」
そう思ったのは、直感的に「台風の時の海の姿」を同時に感じたからだった。
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