第16話 デジャブ
ラウンジの自動ドアのほんの少し手前で、二号は中で「不思議な事」が起こっていると気が付いた。それは完全防音ではないドアとは言え、電車の音の中、一号の声が漏れて聞こえるのだ。しかもかなり興奮、と言うか彼にしては大きすぎる声だ。
「知り合い? その可能性がないわけじゃないけれど、真夜中だぞ、それだったらむしろ連絡があるはずだし」
少しためらいがちに自動ドアが開いた。
すると小さな空間の、左右合わせて二十弱しかない椅子の二つが埋まり、部屋全体は暖かな、優しい、真面目で正常な愛情とでいうのだろうか、そのような空気で満たされていた。
しかしそこにいたのは、生まれた赤ちゃんをあやす母親ではなく、一号と、かなり上等なアンドロイドだった。ヒューマノイド型で有機プラスチックのため、顔の表情などはないが、質の良さは彼らには一目瞭然だった。
「良いお友達ですね、あなたのことを心配して見に来てくれたんですか」
落ち着いた、丁寧なアンドロイドの言葉で
思わず
「あ!」
っと、二号は小さいが驚いた声をあげたしまった。
彼は目の前の光景を見たことがあると思った。
しかしそれは「座っていたのが一号ではなく自分であった」という、見ることの出来ないもので、その時の空気も、話したことも、感情でさえ一瞬にしてよみがえり、すぐに少しうつむいてしまった。
一方友人は彼の複雑な気持ちをすぐに理解し、
「すごく鉄道に詳しいアンドロイドさんなんだ」
と小学生のような明るい声を出した。
「ルーと呼ばれています、主人が鉄道好きなので、その部分の知識を多く詰め込まれています。しかし、若いあなた方にはかなわないと思いました」
ゆっくりとそう言った後、まるで微笑んでいるかのように思えた。
「そんなことはありませんよ、やっぱりすごいです。たくさん教えてもらいました。ほら、座って一緒に話そうよ」
「うん」
それからほんの数分話しただろうか、ルーはこの電車の寝心地はどうかということを、詳しく聞きたがった。
「私はアンドロイドなので、人間とは感覚が違いますから、わからないのです。あなた方それぞれから感想・・・意見を聞けてうれしいです」
そう話していると、ラウンジのドアがとても急に開いた。
「あ・・・ここに・・・いたの・・・」
来訪者は少し責めるようにルーに言った。
見ると、七十年配の、きれいな感じのおばあちゃんだった。
そして若い二人を見るなり、今度は瞬きを忘れたように彼女の時が止まり、それから自然にゆっくりと目を閉じた。
再び開かれると、少し若返った感じがして、とても愛情深い目は、穏やかに一号と二号を見た。
「とても、鉄道知識が深いお二人です。私もたくさん学べました」
「そう・・・ルー・・・良かった。あなた方は大学生? 」
「いえ、高校生です」
「そう・・・・高校生なの、とても大人びた感じで・・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・」
急に涙が溢れて来た様だった。
「ごめんなさいね、息子にちょっと似ていて・・・大学院生だったときに事故で亡くなったものだから・・・・ごめんなさい、縁起でも無い話で・・・あなたたちも車には十分気をつけてね」
カタリと椅子が音を立て、ルーは女性の側に行き
「いこ、・・・いきましょう・・・・」
彼女の背中に手を広げた。
「どうもありがとう、本当に楽しかったです、では」
涙が乾かない主人を連れて、ルーは部屋を出た。
ドアが再び閉まり、ラウンジには、急に冷たく、張り詰めた空気が漂った。部屋に彼らが帰りついたであろう時間と同時に、二人はクッション性の走りやすい床を、まるで忍者のように音を立てないように急いだ。
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