第3話 塾と職場


 そんなことを色々考えていると、僕らの職場にたどり着いた。鉄筋コンクリートなのだが、塗装は木のようになっている。三十年経ったので、そろそろ塗り替えの話があるけれど、きっとそれはしないだろう。この仕事の本部なのだから。

そこのビルの三階、最上階に僕は向かった。

「自転車を持っての上り下りがきついな、ママ子のときは下ろしてやるか」

暗い、急な階段を小さな踊り場で休み休み上った。


「村塾」という窓に貼り付けていたシールは、僕が来た頃にはもう塾の字のシールが半分だけ残っているような状態だった。一年前とほとんど変わらないけれど、この中(厳密には外だが)では本当にたくさんの事が起こった。他の人からも色々聞いたから、きっと僕は一年で一生分の経験をしたと思う。

自転車を持ってドアを開くのは大変と思っていたら、重たい扉が自然と開いた。


「おかえり、緑」

かいさん!! 」

「そんなうれしそうな顔をしたら、ダジャレが言えなくなるだろう? 」

「開が開くって言うつもりですか? 親父ギャグですね」

「18だからね、あと何年かしたら親になるかも」

笑いながら、二人で自転車を部屋に入れた。


開さんは僕の先輩、頼りになる一番手だ。最初会ったときはすごいイケメンというわけでは無かったけど、最近はかっこいいなと思うようになった。他の仲間は「整形した? 」なんて失礼な事を聞くけれど、そうじゃないのはみんなわかっている。


「ああ、新品に泥がはねちゃって」

「仕方ないさ、雨上がりだ」

僕たちの会話を、部屋に一人だけいたママ子はじっと聞いているだけだった。本当はマミなんだけれど、女の子は彼女一人で、掃除したり、片付けたりするのが得意なので、こう呼んでいる。彼女は僕と同級生、中学校二年生だ。容姿はまあまあと言うところ、失礼かもしれないけど、それはお互い様だ。


「開さんがここに来たって言うことは、留学が決まったんですか? 」

「ああ、やっとね。最新のDNA検査までしなくちゃいけないって、本当に面倒だよ。親も書類でヒーヒー言っている、申し訳ない」

 留学が以前よりも大分厳しくなったのは、感染症の疑いが無いか、将来的に変異体を生みやすい体質ではないかと言うことを、かなり詳しく調べられるからだ。


「緑、飲み物何がいい? 」

「ありがとう、ママ子、普通のお茶がいいな、暖かいヤツ」


 彼女はおもちゃのようなとても小さな流し台に行き、お湯を沸かし始めた。

この部屋にはあとパソコンが数台と、本当に塾のように机と椅子がある。

先生の立つ「教壇」も。とても小さな教室だけど、この部屋には色々仕掛けがあるそうで、その詳しいことは他のメンバーが知っている。勿論開さんも知っている、何故ならここの一期生なのだから。


 僕は開さんと二人話し始めた。今日のこと、今までのこと、何故なら、きっとあと少ししたら、開さんはこの国を離れてしまうからだ。


「緑が優秀だから、僕は安心してここを離れられるよ。マミちゃんも、本当にありがとう」


開さんはどうもそのことを言うためだけに、ここに来た様だった。

僕たちの会話をママ子はじっと黙って聞いていた、その気持ちもよくわかった。

「これから今日の事をまとめるんだろう? 僕はいない方が良いかな、口出ししそうだから」

「頼らないでやってみます、頑張ります」

「うん、じゃあ、とにかくこの仕事は「危険回避」が最優先だ。わかっているね」

「はい、合い言葉ですね、開さん、じゃあ、また」


重いドアが閉まった途端、暗い雰囲気になってしまった。


そう、ママ子は開さんが好きなのだ。でも開さんにとっては妹にしか思えない、それも本人はよくわかっている、周りも。だから僕はそのことには触れずに、別のことを話すことにした。


「開さん、あんまりウソが上手じゃないね。ほんの少し口元が緊張した感じだったし、妙に明るかった」

「え? ウソ? 留学がウソなの? 」

「海外に行くのは本当さ、でもそれは勉強のためじゃない。引き抜かれたんだよ、この仕事のために。復興途中の日本よりも、外国の方が何倍も法令違反者が多いだろ」

「でも、大人になったら・・・発見されるから、私たち子供が選ばれたんじゃないの? 」

「それでも専門家はいるよ、先生みたいに。先生だって、若い頃は海外にいたって言うじゃないか。それを次ぐつもりなのかな」

「緑・・・すごいね・・・考えてる」

「それより、ママ子、アンドロイドが倒れかかってきたって聞いたけど、大丈夫だったの? 」

「え! ああ、ありがとう。大したことじゃないの。違反者だと思ったらただの故障だっただけみたい」

「でも、劣悪なアンドロイドが出回っているから、気をつけて。偽物は急に暴力とかあり得るかもしれない。交番の箇所だけは確認しておいた方が良いよ」

「ありがとう・・・緑、本当に開さんみたい」

少しだけママ子の表情が柔らかくなった。


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