第2話 今の東京


 僕はゆっくりと自転車をこいだ。右も左も小さなビルと、昔風の木造の和菓子屋さんや鮨屋、蕎麦屋にレストラン、少し遠くに高いビルが数本見える。この歩道の横は車道があるけれど、そこに車はほんの少ししか走っていない。

仕事のための似たようなトラックと、家が買えるようなピカピカの高級車か、車マニアが喜ぶ、どれ一つ同じ物がないオールドカーだけだ。何故なら、東京都の条例で、車の所有者には高額な税金がかけられることになっているからだ。それは富士山噴火による大気の汚染を、車で倍増させないための特別条例だ。それに火山灰のため車も毎日欠かさず洗わなければいけないので、所有者は大変だ、時間もかかる。車に毎日乗りたいのなら、地方に住めば良いだけの事だ。


「今日は富士山がきれいだわ」

誰かがそういうと、みんなが一斉に腕時計をその方向に向けた。

「風向きのためかな」

「桜島みたい、懐かしい」

「鹿児島出身者はそうだろうね」


 富士山は奇跡だった。山体崩壊をおこすと思われていたが、マグマだまりがまっすぐに山頂に向かったため、ほぼ左右対称のまま、五百メートルほど低くなっただけだった。このことで富士山を神と崇める怪しげな新興宗教が、僕の親が言うには「雨後のタケノコ」のように出てきたそうだけれど、今はほとんど無くなっている。まあ昔から霊峰とは呼ばれてきたから、そう不思議はないけれど。


 予想では大地震の後の噴火と考えられていたが、噴火単独、これも考えられない出来事だったらしい。自然とは常にそういうものなのかもしれない。

しかし当然、富士の裾野に広がっていたという工場地帯と住宅は跡形もなく消えてしまい、今は緑生い茂る樹海が広がっている。噴火により首都圏は機能が麻痺、一時的に首都の移動も考えられたが、結局持ちこたえた。

持ちこたえたのには、大きな理由があった。それは


「この国には珍しい、完全な避難が出来ていたため」なのだそうだ。

 

 だから火山灰で埋まった東京を、多くの人間の力で早く復興することも出来た。そしてそのときに都市機能を考え直し、多くの建物は地下へと潜った。地下鉄が通っていた場所を再利用したのだ。だから昔に比べ地下街が多くある。そして地上部分には、なるべく自然を取り戻す形にしたいと、すべての道の舗装はせず、東京を囲む環状線も土の道が百年以上ぶりに現れた。これが通称散歩道だ。だから東京を上空から見ると、土の色の輪と舗装された色の輪、それから放射線状に伸びた双方の線が見える。また空気の浄化のためと躍起になって植えられた木々もあって、百五十年前の東京の平均気温より低くなっている。


「小国である日本は、本当に小さくて精巧な物を作ることが上手だ。今の東京は、完璧に出来た日本庭園のように美しい」

という海外からの評価なのだそうだ。


 東京が復興されたとき、歴史的な建造物と言うことで、いわゆる「和風」の建物から優先的に修理、建て直しが始まった。そうすると、町が調和した方が良いと言うことで、景観が重視され、表向きは古く、中は最新鋭という建物が多くなった。また、極端に高い建物は姿を消した。再噴火と、まだ来ない大地震のためだ。

僕も東京の昔の写真を教科書で見たけれど、「ビルと舗装された道路じゃ、気温が上がるに決まっているじゃないか」というクラスメートと同意見だ。

「昔の人はこのことに対する理解がなかったのでしょう」

という中学校の先生の嘘のような言葉に、生徒の誰も納得などしなかった、今でもそうだ。


「全部が良い大人じゃない、全部が悪い大人でもない、昔から。それはわかっているさ、多分同じ年の人間よりも」


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