貴方も私もデブなのね。

――満月のような、ゴールデンピンポン。貴方も私もデブなのね。


 雲一つなく、まん丸な金色の輝きが空に浮かぶ秋の月夜。カーテンを開けて月の光を部屋に届かせると、ひばりは隣に眠る恰幅の良い男の丸い腹に、その光を当てて遊んでいた。男はいびきをかいて寝ている。


「どうしたらこんなお腹になるの?」


 そんな厭味ったらしい言葉も、ひばりの口から出れば誰の気も害さない。


「夢が詰まっているんだ」


 そんな冗談を、今日の昼頃男は言っていた。


「太っている男に包容力があるって言った奴、だぁれ?」


 人差し指で男の腹を突っついて、ひばりはその憎々しい団塊に爪で痕を付けた。


「あなたはバツね」


 爪の痕がくっきりとバツ印を描き、ひばりはもうその男に興味をなくした。


 部屋着の上にパーカーを羽織り、ひばりは先ほど郵便物が入っていると知りながら素通りしたポストへと向かう。


 ポストの中を覗くと、ほとんどが広告であった。ひばりは自室に戻り、広告を全てごみ箱に入れた。そして請求書やお知らせの紙に交じり、一通の手紙が届いていることに気が付いた。手紙を開封し、ひばりはそれに目を通す。


「話したいことがある。10月10日17時大学近くの噴水の前で待っている」


 ひばりは手紙の内容を小声で読み、それをポイっと机の上に投げた。


「罪悪感の極致に辿り着いたのかしらね」


 冷淡な眼差しで、ひばりは窓際に腰かける。しばらくして煙草に手を伸ばしたが、男が未だに家に居ることにハッとしてチッと舌打ちをし、ひばりはスマホを取り出した。


 数分間スマホを操作し、後にスマホを置くと、机の中から紙を取り出し何かを書いた。その紙を眠る男の枕元に置くとひばりは服を着替え、深夜だというのに家を出て行った。







「ねぇ、あなた」


 千尋は出張から帰って来た食事中の誠に話しかけ、向かいの椅子に座る。


「なんだ」


 疲れている、そんな自分の状況を察しろと言わんばかりの雰囲気を醸し出しながら、誠は返事をする。


「あなたの跡継ぎのために、養子を迎えるのはどうかしら」


 誠は目線だけ千尋に向ける。


「私の部下に使える奴らはいる。そいつらの中から選べばいい」

「その人たちはもう大人でしょ? でも、学生を養子にすればあなたの望む知識や学力を持つ子に育てることが出来るわ」


 珍しく自分に意見してくる千尋に違和感を覚えながら、誠は箸を置いた。


「今どきの学生に、そんな従順な奴がいるとは思えん」

「いるわ」


 即答した千尋に、誠は目を細めて疑義を持つ。


「どこにいるんだ、そんな奴」

「私の知り合いにいるわ」


 誠はじっと千尋を見つめる。そして最近肌艶が良く機嫌も良い千尋の様子を見て抱いた疑惑を思い出した。


「ほぉ、そいつは誰だ?」


 誠は千尋の話に乗ったふりをして、千尋の意図を探る。


「井上春樹、と言う男よ。聡の友達だったんだけどいい青年で、きっと彼なら私たちのいい子供になるわ」

「井上春樹、か」


 誠はメモ帳を取り出し何かを書いた。


「検討してみよう」

「ありがとう」


 千尋は嬉しそうに微笑んだ。


「お酒、もっと飲みますか?」

「もう十分だ」


 有頂天になり、自分に酒を進める千尋の様子を見て、誠はより一層疑いを持つ。


 千尋に先に寝ろと誠は誘導し、一人になるとすぐにスマホを取り出した。


『ああ、俺だ。ちょっと調べて欲しいことがある。井上春樹という男なんだが......』


 簡単に用件を伝えると、誠は電話を切り自室へと向かった。

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