イカれてるよ
ひばりの待ち侘びた一報がひばりの元に届いたのは、井上との一夜の次の日だった。ひばりを守りたいという一心で、ひばりと一夜を共にした次の日井上は、帰りの足で早川の元へ行った。
井上がどれほど手荒な真似をしたのかは知らないが、その直後に早川は大学の最上階から飛び降り自殺をした。瞬く間にこの自殺はニュースとなって多くの人に知れ渡り、自分の体裁を保つため井上はひばりにこの手紙も自分のことも全て伏せて欲しいと懇願した。
ひばりは全てを隠しこの秘密を背負うことを条件に、大学を辞めもう二度と自分の前に姿を現さないことを井上に約束させた。
大学は一週間程度休校という措置を取り、ひばりの所属するサークルは、各自早川に花を手向けることにした。ひばりはキショウブと言う花を買い、早川が自殺した屋上まで上がり早川があの世へ飛び立った場にそれを手向ける。
「早川君、キショウブの花言葉知っている?」
ひばりは誰もいない屋上で手を合わせて言った。
「友情。」
合わせた手を下げながら、ひばりは死ぬ前に早川が見たであろう景色を目に焼き付ける。風に靡くひばりの黒髪の乱れ具合は、まるで早川があちらの世界へひばりを誘っているかのようにも思えた。
「あとはね」
髪の毛を肩もとでまとめ、ひばりはその生温い風に特に何の情も抱かない。
「復讐。」
背後から誰かが近づいて来る気配を感じて、ひばりは小声で呟いた。ゆっくりと振り返り、ひばりは人物を確認すると、切なげな表情を浮かべた男が一人ひばりをじっと見つめているのが見えた。
罪悪感の共有、それを求める眼差しをひばりは冷酷に跳ねのけ歩き出す。すれ違った瞬間男の生唾を飲み込む音まで鮮明にひばりの耳に届いた。
「待って!」
ひばりの背中に向かって男は叫ぶ。ぴたりとひばりは歩みを止めて、男の方へ振り返る。ひばりの眼差しは厳酷と言ってもいい程、その男には痛いものだった。
「僕は、僕は・・・。」
持って来た花束が台無しになるほど男はそれを握りしめ、体を小刻みに震わせる。
ひばりは一歩一歩、ヒールの音を響かせながら男に近づく。それに怖気づき男は一歩後退りした。
「ねぇ?」
ひばりは柔らかい笑みを浮かべて男の前に立った。
「私の心は、どこにあると思う?」
ハエでも集りそうなほど甘い声は、有耶無耶しい印象を与えながら男の脳に響き渡る。
「え・・・?」
男は質問の意図がくみ取れず、末恐ろしい雰囲気を醸し出しているひばりを呼び止めてしまったことを、今更ながら後悔していた。
「頭かしら。それとも、心臓?」
ひばりの人差し指はひばりのこめかみを指して、そしてひばりの唇を通過しひばりの胸元まで移動する。男はそのひばりの指の動きをただ見つめることしか出来なかった。
「分からない?」
呆然とする男の顔を馬鹿にしたような面でひばりは見た。
それでも何も言葉を発しない男。
スッとひばりが腕を持ち上げると、男は反射的に肩をビクッと震わせる。ひばりの指先は男の心臓を指した。
「ここよ。」
眉を顰め、自分の急所を指さされたことに恐怖を抱いた男は、ひばりは一体何を言っているんだと首を傾げた。
「私はいつでもあなた達の心に居るの。あなたたちの好きな色に染まってあげる。」
手に力が入らず花束を落とした男は、瞬き一つしない。ひばりはその花束を拾った。
「私の言葉の意味が、分からない?」
花束を拾い上げ、また男の前に立つひばり。甘い夜を一瞬で忘れさせるほどこの男の脅威へと変化したひばりは、夕日に照らされ蛇のような邪悪な影を地面に映した。
「いつだって私は、あなたたちの都合のいいように演じてあげたでしょ?」
花に顔を近づけ、花の匂いを吸い込んでひばりは目を閉じた。ひばりの言葉に気が付いた男はわなわなと震え出し、拳を強く握った。
「そんなの、そんなの可笑しいじゃないか!俺がお前を守る自分の正義感を好み浸ったせいでこんなことになったって言いたいのか!?」
ピタッとひばりは動きを止めた。そして顔を動かさず目線だけでじろっと男を見る。その視線の酷薄さに、男はもう何も言う勇気を持てなかった。
「ご名答。」
ひばりは花から顔を離し、まじまじと花を見た。
「これは、ガーベラね。あとはカーネーション。全部白で統一したのね。」
可愛い花たちにひばりは人差し指で触れた。
「死んだ人間に白いカーネーション手向けるなんて、どうかしているわ。」
ひばりは花束をポイっと地面に投げた。そしてそれを思い切り踏みつける。
「これで少し黒くなってちょうどいいでしょ。」
黒ずんだ花たちに怪奇な笑顔を見せて、ひばりは花束を拾った。地面には踏まれて生気を失った花びらが数枚落ちている。そんな様子を男は首を横に振りながら見ている。
「イカれてるよ・・。」
男の言葉を称賛と捉え、ひばりは花束を持って早川が飛び降りた場所まで歩く。そしてそこから花束を地上へ落とした。
「罪悪感の味はいかが?おかわりする?」
自分をここから突き落として見ろ、とひばりは両手を広げるが、男は足がすくんでその場から動くことが出来なかった。
情けない男の姿にひばりは憐れむ眼差しを向けながら、男の目の前まで歩いて行く。
「じゃあね。」
男の耳元でそう囁くと、ひばりは屋上の出口へと向かう。鼓膜の震えに伴って男の体も震え上がる。ドサッと座り込む音が背後から聞こえたが、ひばりは振り返らずに屋上を後にした。
そして次の獲物を狙うべく、自分の容姿を鏡で確認した後、辺りを見渡し意味ありげな微笑を掲げて歩き出した。
「早く来てね、私が飽きちゃう前に。」
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