第8話 侵入
悪魔のようなあの女の笑い声を聞いて、ウサギのぬぐるみを見つけた後、俺は急いで車に戻った。
誰の血かは分からないものの、ネームプレートに美鈴と書いてあったのには本当に驚いた。これは林さんに相談した方がいいだろうか?いや、もしかしたら過去の自分が嫌でとかそういう理由かもしれない。俺はあのウサギについて考えを巡らせていたが、実際のところは分かるわけもなかった。それから、朝になるまでの間、あの女が現れることは無かった。俺は家に戻り、これからどうしようか考えていた。
もしも、あのウサギにかかっていた血が美鈴さんの物であったなら、あのネームプレートから予測できるのは、美鈴さんがもう死んでいるという事実かもしれない。もし本当にそんな事態にあるのであれば、あの女が言っていた、仁美の元気な姿を見ることはできないという言葉の意味が恐ろしいものになってしまう。
自分の考えが正しいのかを知るすべは一つしかないと思った。
あの女が出かけるのは毎週同じ曜日であることがあれから監視し続けて分かったので、俺はあの女が家を空ける一時間の間に、仁美の日記帳に挟まっていた合鍵で侵入することを決めた。林さんは協力者である前に、一人の立派な警察官であるので林さんへの協力を求めるのはしないことにした。
あの女が家を出ていくのを確認してから、俺は急いで玄関の扉に向かって走った。
キィィィ、っと音が鳴るだけで心臓が飛び出しそうだ。俺は、靴を脱ぎ持ってきた袋に入れた。一時間ですべての部屋を調べるのは無理だろうと思い、俺が家に上がらせてもらうときに見ることが出来ない部屋から見ることにした。一階のリビングを少し覗いて、奥に部屋がないか見たが何もなかったので二階に上がろうかと思ったとき、俺は部屋の奥にあるキッチンに写真があるのを発見した。その写真には仁美と美鈴さんが姉妹の様に写っていた。なぜこの写真を置いているのか分からなかった。俺が来た時に見てしまったらどうしていたのだろうか?そんなことを思いながら二階に上がったときだった。
ガチャッ、っと扉が開く音がした。
なんでだ、どうして?家を出た後は一時間家を空けるのが普通ではないのか?
「まさか、忘れ物するなんて。ほんと、ドジふんじゃった。約束の時間に遅れちゃうよ」
独り言を聞いて俺は少し安心したが、二階に上がってくる可能性もあるので耳を澄ましているとき、
「あれ?」
そんな声が聞こえたとき、俺は自分のした失敗に気づいた。部屋の扉を閉めていない!
やばい、どこかに隠れるしかない。一階では、バンッっという扉を勢いよく開ける音が聞こえてくる。頼む、二階には上がってこないでくれ。
そんな俺の願いもかなわず、ギシ、ギシっとゆっくり階段を上がってくる音が聞こえてくる。俺は、二階にあった三つの部屋の一番奥の部屋のクローゼットの中に隠れていた。
階段を上って一番近い部屋から調べているのだろう。二個目の部屋が開けられる音がする。自分の心臓の音がうるさい。心臓の音でばれてしまうのでないか、というほど、心音はうるさく、いつもは気にしたこともなかった自分の呼吸が気になって仕方ない。
バンッ、っと扉が開く。俺は自分の体を出来るだけ小さくするように足を抱え、頭を膝にくっつけていた。最後の部屋だからだろうか、今までよりも念入りに時間をかけて調べているのが分かる。
最後に、俺が隠れているクローゼットを勢いよく開けた。
あの女は気のせいと思ってくれたみたいで、そのまま家を後にした。
俺は仁美に感謝した。俺が隠れたクローゼットは美鈴さんが引っ越してくる前の住人が仕掛けを作っていたらしい。仁美はよく美鈴さんが帰って前に家に入って隠れていたらしい。その時に一番奥の部屋のクローゼットがほかの部屋よりも少し狭い気がしたらしく、調べると壁が二重構造になっていることに気づいたのだ。自分がやせていることに初めて感謝をした。隙間と言っても大の大人が隠れるには狭すぎるが、俺は身長は高くとも最近ではさらにやせていたため、小さく丸まっていればぎりぎり入れたのだ。
ほっとして、一息つき、いつまた帰ってくるか分からなかったので今すぐ帰ろうかとも思ったが、今日のことがあれば警戒がさらに強まるのは目に見えていた。そのため、急いで部屋を捜索して帰ろうと思ったとき、机の上に仁美の日記帳と同じ柄の日記帳を発見した。それは、美鈴さんの物だった。
俺は中身を調べて今までの謎が解けた。そこには、仁美との楽しかった思い出や自分の生活のことがびっしりと書いてあった。
あの女が美鈴さんに化けることが出来たのはこの日記帳を見てのことだったのだろう。パラパラと急いでページをめくっていると、途中から文字数が減り、文字も今までの字とは違って殴り書きの様になっていた。これは、もしかしたら母親が亡くなった時期だろうか?その字は最後まで変わることは無く、文章が終わっているページに行きついとき、俺は驚いた。そこには、
『もう、何もかも捨ててしまおう。仁美ちゃんには申し訳ないけど、これ以上私は頑張れそうにない。あの、なんでも捨ててある森に私の命を捨てよう』
そこで日記帳は終わっていた。俺は怖かった。ある考えが生まれてしまったから。美鈴さんの日記には、書いた時間もしっかり記してあった。その最後の文章が書かれたのは、俺が森に囲まれた道路で人を轢いた日であり、時間としては直前だと思うからだ。あの時は、気が動転して時間なんて見てなかったが、家に帰ってスマホを見たときの時刻だけは覚えていた。俺は急いで家を出て車に戻った。そのまま、家に帰り布団にくるまったが、寝付けず、震える体を抑えながら朝を迎えた。
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