第7話  本性

 林さんに見せてもらった写真に写っていた美鈴さんは別人だった。

本当は、町の人に最近の美鈴さんを見ていないか聞いて回りたいところだったが、そんなことをすれば町の人からも林さんからも仁美のことで気が動転していると言われて安静にするように言われてしまうし、なぜだか、胸騒ぎがするのだ。

気が進まなかったが俺はもう一度、美鈴さんの家を訪ねた。

ピンポーンっと鳴った後、今回はすぐに美鈴さんが答えた。

「はい、どちら様ですか?」

 俺は疑問が残っているために美鈴さんと話すだけで緊張してしまっている。なんとか、緊張が美鈴さんに伝わらないようにしながら、

「前にお伺いした仁美の兄の浩一です。何度も、すいません。少しお聞きしたいことが出来まして」

「分かりました。どうぞ、家に入ってきてください」

 美鈴さんが答えてくれるまでに、前回のような間は無く、すんなり入れてくれた。

玄関の扉を開けるとき、自分が少し怖がっているのが分かった。前回はすんなり入れた、ただの玄関の扉が重く感じる。この中に本当に入っていいのか、入ることは正解なのだろうか、そんな根拠のない不安が俺の体にまとわりつき離れてくれないのだ。

しかし、仁美の笑顔をもう一度見るために、俺は玄関の扉を開けた。


 玄関では美鈴さんが待っていた。俺は美鈴さんの顔を見るのが怖かったが、ゆっくりと顔を上げながら挨拶をした。

そして、写真の人とは別人のように見えることを再確認した。

「どうぞ、どうぞ。早く上がってください」

 俺は前回と同様に椅子を勧められた。

「それで、今回はどのようなご用件ですか?」

「あぁ、そうですね」

 俺は美鈴さんと思われるこの女性が本当に美鈴さんなのか、調べてみたいと思った。

「数日前に、僕は両親がいる地元に戻ってきたんです。その時にですね...」

 俺は、仁美が友達を守って自分が嫌がらせを受けていたこと、それを心配しすぎる両親に隠していたこと、最近は連絡を取り合う友達が学校にいなかったことを話した。話し終えた俺は、美鈴さんを見て驚いてしまった。なぜなら、美鈴さんの目もとは涙を拭いたために赤くなっていて、美鈴さんはまだ涙を流していたのだ。下を向いて話していたので気づかなかった。

「すみません、そんなつもりでは…」

「いえ、お兄さんのせいではありません。仁美ちゃんの立場を自分に置き換えたときにどうしても悲しく感じてしまっただけなので…」

 先ほどまで疑っていた自分が恥ずかしくなってきた。こんなに、人のために涙を流せる人を疑ってしまうとは。

勝手に恥ずかしくなってきたので俺は話をそらした。

「そういえば、美鈴さんはブレスレットやペンダントなどはよくつけたりするんですか?」

「うーんと、そうですね。日常的につけたいとは思いませんね」

「そうなんですね。意外です」

「そうですか?あまり似合わないと思うのですが。でも、お兄さんがいうなら仁美ちゃんが戻ってきたらお揃いのものを買ってみようかな。なんて」

 美鈴さんが明るくするために言ってくれたのが分かった。

俺と美鈴さんは顔を見合わせて笑った。その後は、少し世間話をして美鈴さんの家を後にした。


帰りの車の中で、俺は今日美鈴さんと話したことを振り返りながらある確信をもっていた。家が、近づいていたとき考えていたことが口に出ていた。

「あいつは誰だ?」


 家に帰ってから俺は、仁美の部屋から見つかった日記帳を見直していた。

そこにはたしかにこう書いてあった。

『Mさんは、お姉ちゃんみたいでとてもやさしい。本当は、すぐに会いに行きたいけどあの人は必ず私が落ち込んでいるのを見透かしてしまう。今回のことが落ち着いたら会いに行こうと思う。その時は、Mさんとお揃いのものを新しく買いたいな。お姉さんは私がも私のために外しちゃったし。次は、お揃いのミサンガなんてどうかな?あぁ、早く会いたい』


 仁美とお姉さんはお揃いの物をもうすでに持っていた。さらに、仁美が金属アレルギーになってもう付けられないことを知っていたのだ。それなら、さっきの美鈴さんの発言はおかしすぎる。

俺は頭がパンクしそうだった。やっさんの一件で疲れていたのは確かだ。だが、この件は今までで一番訳が分からないし、どうしていいかも分からない。いっそのこと、何も知らなかったことにしたいと思ったが、もしあの人が美鈴さんではないのなら、なぜ仁美のことを知っているのだろうか?


 今確信できることは、俺が今まで話していた人は仁美の日記帳に書いているような人と同一人物ではないということだ。俺は、頭の中で二人の美鈴さんを区別するために、俺がさっきまで話していた人をあの女性と呼ぼうと思った。

俺は一度家に戻り、あの女性を監視するための準備を始めた。やっさんの時のような途中でやめてしまうことはせずに朝まで見張ろう。

 ストーカーのような行動ではあるが、仁美が向かったかもしれない家に住むのが素性の分からない謎の女性なのは気になる。


 その日から俺は毎日、林さんに仕事を探しに行くと嘘をついて昼間からずっと張り込んでいる。あれから、6日が足ってしまった。家からあの女性が出てくることは無かった。

俺は自分がしていることが意味のある行動かと聞かれれば分からなかった。あの女性が誰であるかを見張っていれば分かるわけもなく、やっさんの時とは違い、家の中にも2回入っているのだ。もっと、やることがあるかもしれない。そんな不安に襲われていた夜中だった。あの女性が裏口から出てくるのが見えた。


 俺は考えるよりも早く、車から降りてあの女性の後を追っていた。森の中に入ってしまえば、見つけるのは難しいかとも思ったが、ライトをつけていたので明かりを追うだけでよかった。ただ、森の中では足音がしてしまう。俺はできる限り、明かりがある程度見える範囲で後を追っていたのだが、突然、目印としていた明かりが消えた。なぜ、こんな森の中に入ったのかも不思議だが、明かりを消す意味が分からなかった。もしかして、尾行がばれていたのか、俺は周りを見回した。心臓の音がうるさい、どこからか突然飛び出してくるのではないのか、そう思っての行動だったが、数分足っても何も起こらなかったため、俺は明かりを最後に見た方向へと音をたてないように、さっきまでよりも慎重に近づいた。


「…でね。…お兄……が、」

 どこからかしゃべり声が聞こえる。耳を澄ましてみると、5メートル先にあの女性がいた!

俺は、自然に自分の口を手で覆っていた。何かに話しかけているようだったので、気づかれてはいなかった。

「仁美ちゃんの捜索に必死でね。私、笑っちゃいそうになって、我慢するの大変だったんだから。探しても、元気な姿を見ることは無理なのにね、ふっ、ふふふ。

アハハハ」

 そこにいたのは、この前、仁美のために涙を流してくれた女性ではなく、ただ悪魔のような顔で甲高い笑い声をあげている人間とは思えない生物だった。

さっき、仁美の元気な姿を見ることはできないって言わなかったか?

俺は目の前の光景を理解できずに固まっていた。思考が停止していたためか、恐怖などの感情は一切なかった。

それからあの女性が去るまでの十分ぐらいの間、俺はただ木の陰に立ち尽くしていた。


 俺はふと、あの女性が何に話しかけていたのかを知りたいと思い、何気なくさっきまであの女性がいた場所に近づいてみた。そこにあったものはウサギの人形だった。

しかし、ウサギをよく見たときに俺は腰を抜かして倒れこんでしまった。

ウサギは頭から血を流していたかの様に一部分が黒くなっていて、首にはネームプレートが掛けられていた。そこにはと書いてあった…。





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