第6話 遠くに見えたもの
結局、もう一冊の日記帳からは仁美のこっちに来る時の行動を推測できるような内容は無かった。
俺は両親に何か分かったら連絡することを約束してから、地元を後にした。
自宅に戻ってから、林さんに戻ってきたことを電話で告げると、三十分もせずに林さんが訪ねて来た。
林さんはこの数日間、やっさんのことを調べてみたらしいが、目立つような行動は見られず、家にも一度入れてもらったらしいが、部屋の中で不審なものは無かったらしい。
俺は何か新しい情報を求めて、やっさんが住んでいる大きな町で仁美の写真を付けたチラシを配っていた。この町は、俺が住む町の一つ前の駅がある場所で、仁美が夜に来たのであれば、ここで少し遊んでからあの町に向かったという可能性を考えてのことだった。
チラシを配り始めてから数日たった頃だ。ふと、遠くにやっさんがいるのを見つけた。
そして同時に、俺は自分が見たものに驚いた。やっさんが若いと思われる女の子と歩いていたのだ。
やっさんの親戚の子かとも思ったが、腕を組んで歩いているのだ。その可能性は低い気がする。俺は女の子の顔を確認したいと思って走り出した。
しかし、距離があったのと人が多かったのもあり追いつく前にやっさんの家に入っていってしまった。
後ろ姿は、仁美に似ていた気がするのだ。まさかとは思うが、もしもやっさんが…やっさんが家に連れ込み、仁美を脅しているとしたら、いや、それなら二人で出かけるだろうか?
それとも、本当に嫌がらせを受けるのが嫌になって逃げたくなったのだろうか?
もう頭の中がぐちゃぐちゃになった。どちらにしてもだ、いまするべきは悩むことじゃない。
俺は興奮を抑えながら電話をかけた。
電話をかけて数分やっさんが家から飛び出してきた、俺はここだと思い、鍵を閉めようとしているやっさんを押し飛ばした。
「やっさん、ごめんなさい」
そう叫ぶと、家に駆けこんだ。
状況を理解できないやっさんだったが、自分のだまされたことに気づいたのだろう。
「ま、待て!」
やっさんは同一人物なのかどうか分からないほど慌てていて、鬼の形相で叫びながら、俺に手を伸ばすがもう遅かった。俺は奥の音がする部屋に入った。
数分前、俺は林さんに電話をかけていた。
「林さん、お願いがあります。何も聞かずにやっさんに今から家に行こうと思っていると電話してくれませんか?」
「急ですね。何をしようとしているのか分かりませんが、一人で突っ走るようなことをしようとしてるんじゃないですか?今どこですか、僕も行きます」
林さんは冷静に対応してくれているが、あの子を隠すための時間を与えるわけにはいかないのだ。
「林さん、お願いします。今回だけ、何も聞かずに協力してくれませんか。全部終わったら、必ず話します。だから、今は俺の言う通りにしてくれませんか?お願いします、お願いします」
林さんはため息をつきながら、了承してくれた。
「今回だけですよ。でも、あとからちゃんと何をしたのか聞きますからね」
そして今にいたるのだが、思った通りだった。林さんは数日前に家に入れてもらっているから前回みたいな言い訳はできない。そして、近くまで来ているからといえば、外で会おうとなるのが普通だ。
俺は扉を勢い良く開けた。そこにいたのは、仁美と同じぐらいであろう女の子がエプロンをつけて料理をしていた。
ことの顛末はこうだった。
やっさんはパパ活をしていたこの女の子と、一年前に知り合ったのだという。それからはよくデートをした後、家で料理を作ってもらっていたらしい。
ひとり身のやっさんにとって人の作った料理を食べるのはうれしく感じたのだという。
俺と林さんが訪ねた日は、いつものように調理を作ってもらった後、昼寝をしてしまっていて、お金をもらっていない女の子は帰ることも出来ずに家の中に居たらしいのだ。
やっさんは、警察官の林さんにばれるのが怖くてあんな行動をとったらしい。
やっさんは林さんに後日、交番で怒られたようだった。
俺も林さんに呼ばれ交番に来ていた。
「浩一さん、一人で突っ走って何をしていたのかと思えば、立派な犯罪ですよ。今回は、ことがことなので見逃しますが、次はありませんからね」
「はい、すみません」
俺は気になっていたことが一つあったので林さんに聞いてみることにした。
「あの、それでやっさんの昔の噂はどういうことだかわかりましたか?」
「あぁ、それはですね。酔っぱらって立てなくなっていた子がいたので放置することも出来ずに介抱していたそうなんですが、もともとやっさんは仕事ができる人だったので、
妬んでいた人にうわさを流されてしまったそうなんです。最初は気にしてなかったそうなんですが、だんだん周りが噂を信じてさらなる噂を流すようになって仕事を辞める羽目に
なったということでした」
「紛らわしいなぁ」
「あなたは妹さんに似た人を見ると人が変わったようになるんだから注意してくださいね」
「気を付けます」
「僕の恩人も言ってました。「欲しいものがあるなら、手を伸ばし続けろ。だけど、間違えた方向に伸ばしても何もない。慎重に方向を見失わないようにすることも大事だ。
ときには、立ち止まるべきなんだ」と。僕が警察官を目指しているとき、挫折しそうな時がありましてその時に言われたんです」
「いい人ですね。どこで知り合ったんですか」
「浩一さんがこっちにきた十年前にちょうどなくなったので、浩一さんは知らないんですよね。この町では有名な人でしたよ。ボランティアに参加して人の役に立つことを生きがいとしてるようなひとでしたから」
そういいながら、近くの浜辺のごみ回収のボランティアに参加していた人たちで撮影した写真を見せてくれた。
「この中央で満面の笑みでピースしてるのが僕の恩人です」
写真は十年以上前のものだからだろうみんな若い。
「もしかして、これ時子さんですか?」
「あ、そうですよ。美人ですよね。二大美人って言われてくらいですから」
「確かに美人ですよね。もう一人の美人は誰だったんですか?」
「浩一さんがよく知る人ですよ。ほら、左端で恥ずかしそうにしているこの人ですよ」
俺がよく知っている人らしいが、正直に言って誰か分からない。
「もしかして、分からなんですか?美鈴さんですよ」
「えっ!」
俺は驚いてしまった。なぜなら、そこに写る女性の顔は前に話した美鈴さんからはかけ離れていたからだ。美しいという言葉が似合うという点では同じだが、写真に写る女性は、笑顔が絶えない温和な感じがして、太陽のような人と形容するのが似合うような気がする。性格自体を知っているわけではないので、予想でしかないのだが。それにしてもだ、十数年でここまで顔が変わるわけもない。整形手術でもしたのだろうか?
そんなことを考えていると、林さんがつぶやいた言葉にまた驚かされた。
「僕、一年ほど前に遠くからですけど美鈴さんを見かけたんですが、昔から変わらずきれいでしたよ」
俺は美鈴さんという人をもう少し調べてみなければいけないような気がした。
しかし、これは林さんには言ってはいけないような気がする。これは、感覚というものに近かった。
ただ、少したってから、俺はこの感覚が正しかったと考えることになる。
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