第4話 怪しい人
やっさんにもう一度話を聞くのは、林さんは賛成だったようで、
「そうですね。不覚にも、自分の思い込みをやっさんの話に持ち込んでいました。妹さんがこの町に来ていたと断言できていたのは、やっさんの証言があったからです。
しかし、その話に辻褄の合わないことがあると捜査の方向性がまるっきり変わってしまいますから」
こうして俺と林さんはやっさんに会いに行くことに決めたが、やっさんがこの町に来る頻度はあまり多くなく、この前来ていたから次はまだ先ではないかということだったので、林さんと二人で、やっさんの家に訪ねていくことにした。
やっさんの家があるのは、朝から晩まで街の明かりが消えることなく、昼間は流行に乗ろうとするお店が、見た目を重視した料理を提供しそれを若者はSNSに載せていたり、最新の流行ファッションに合わせてお店側が必死になっていて、夜になると、若者はカラオケ、大人は夜の街を楽しんでいるような街だ。聞いたところによると、パパ活をしている子たちも多くいるらしいが俺は仕事が忙しくてそんなところに行くぐらいなら家で寝ていたいと思うのだが…。
車を走らせること一時間、俺はよく仕事をするために通っていた道をまた走っていた。本当は買い物もしやすく、会社にも近いこの町に住みたいと思っていたのだが、
アパートの家賃も高く、親に頼ることはしたくなかったため、少し離れたあの町に住むことにしたのだが、やっぱりこの町に住んだ方が便利であったと今にしてみれば思ってしまう。
町の中心から少し離れた所に一戸建てのやっさんの家があった。一人暮らしにしては少し大きすぎると思うが、この町に自分の家があるのだからもともとやっさんは相当稼いでいたのではないのだろうか。今の清掃の仕事は退職した後に知り合いから聞いて始めたらしいと林さんが言っていた。
インターホンを鳴らすと、
「どちら様で?」
と、やっさんがの声が聞こえてきた。
「やっさん俺です。林です。急で申し訳ないんですけど、前に話した妹さんの件でもう一回話聞かせてくれませんか?」
いつも通り、
「あぁ、いいよ、いいよ。上がって」
と、明るく返事をしてくれると思っていたが、答えは想像とは違った。
「あー、誠ちゃんごめんけど今日は帰ってくれんかね。ちょっと、部屋も散らかってて見せられんからさ。明日にでも、交番に行くよ」
少し、焦っているのか早口になるやっさんに対して林さんはいつものように冷静に答える。
「やっさんの駅の掃除は先でしょ。話聞くだけで来てもらうのは悪いから、今かるく部屋片づけてくれればいいから。前来た時も散らかってたし、少し話聞くだけだから」
林さんの受け答えに少し困っているためか間があった。どうにかしてかえってほしいことが伝わってくるようないやそうな声で話すやっさんだったが、林さんも俺が早く仁美を見つけたいと心から願っているのを理解してくれているためか、引く気はない様子だった。林さんが引いてくれないと感じたのかやっさんは今度は勢いよく、
「ほんとに今日は無理だから」
とだけ言って通話を切ってしまった。
林さんと俺は一度車に戻った。
俺はやっさんの態度にイラつきを感じていた。確かに、急に押しかけたのはこっちだが、ファミレスにでも入るとかいろいろ対策はあるのだから、もっと良い対応をしてくれてもよかったのではないのだろうか。
「やっぱり、おかしいですよね。やっさん前会った時はもっと明るくておおらかな人だと思ったんですが」
「今日のやっさんは、確かにいつもと違って何か隠してるような気がしますね」
林さんはこんな時でもイラつくことなく冷静で、しっかりしているなぁと感心してしまう。
その後、林さんは何か考え事をしている様子で、話しかけてはいけない雰囲気だったのだが、突然こう切り出した、
「浩一さんにお伝えするか悩んでいたんですが、やっぱり伝えておこうと思います」
林さんがいつもはおおらかで優しい雰囲気の表情を一変させ、真剣な面持ちで俺の目を見た。
「やっさんは定年退職ではなくてですね。あるうわさが広がって辞めるように促されたらしいんです」
どうして、今そんな話をするのだろうかと疑問に思うが、林さんのことだ。なにか考えがあるに違いないと思い話を聞こうと思った。
「その噂というのは?」
「確かな証拠があったわけではないんですが、酔いつぶれた女の子を家に連れて行ったとかで。それが会社で噂になったみたいなんです」
俺は林さんが何を伝えようとしているのかを理解した。
林さんが俺にこの話をしたのは可能性の一つとして挙げるためだろう。やっさんが仁美を家に連れ込んだのではないかという可能性を!
もし本当にそうなら、辻褄は合う。街灯が多く、住宅街に近い右側の道より、夜になると人通りがほとんどなくなる左側の道の方が、連れ去りやすいからだ。
いやでも、想像してしまう。仁美が歩いている後ろから、口を塞ぎ、叫べないようにした後、車に乗せて運ぶのだ。一人では、暴れられては困るので薬品を使って眠らせたのかもしれない。
俺はやっさんの家を睨みつけた。
「林さん、少しだけここでやっさんを監視してはだめですかね」
やっさんが犯人かもしれないなら、その尻尾をすぐにつかんでやると思い、林さんに聞くと、林さんも同じように考えてくれていたようだった。
「僕も同じことを思ってました。噂を完全に信じたわけではありませんが、さっきのやっさんは確かに様子がおかしかったと思います」
こうして、俺たちはやっさんの家が見える位置に車を止め、やっさんの動向を監視することにした。
俺たちがやっさんの家を後にしてから、一時間が過ぎたころ、やっさんは俺たちが見ていないのを心配しているかのように周りを確認しながら家から出ていくのが見えたので後を追った。
結局、尾行によって得られた成果はあまりなかった。やっさんは、ただ食品や日用品を買いに出ただけで時間にしても一時間行くかどうかぐらいだった。
そのあとは、家からやっさんが出てくることは無く、家の周りの家の明かりが点々とついていくのを見ていることしかできなかった。
「これ以上は無意味でしょうかね」
林さんは時間を確認しながら、残念そうに言った。
だが、俺はどうしてもあきらめきれずに頭の中で考えを巡らせていた。
ここであきらめてしまってはもったいないのではないか?明らかに焦っていたやっさんがもし犯人なら今あの家の中に俺が求める答えがあるかもしれないのに。
俺のそんな考えを見透かしたかのように、林さんが落ち着かせるようにゆっくり話し始めた。
「確かに怪しい様子ではありましたが、そのあと普通に買い物に出かけていますし、家の中に何か見られたらまずいものがあるなら家からあまり出たがらないと思うんです。だから、今日は引き揚げましょう。浩一さんも疲れが溜まっているのは見ていて分かります。もう休んでください、妹さんを見つける前にあなたの体が壊れてしまいます」
あきらめるのは惜しいが、林さんの言い分は否定しようがないほどに正しいと感じてしまうため、言う通りにすることにした。
こうして、やっさんが何を隠しているのかは分からずじまいで監視は終わってしまった。
やっさんの家を訪れた次の日、やっさんは言っていた通り交番に顔を出した。
「昨日はごめんね。結婚してないと家を片付けるっていう感覚があまり無くて散らかしててさ」
笑いながら言うやっさんに俺が疑いの目を向けていると林さんが話を切り出した。
「前に、浩一さんの妹さんに道を教えたって言ってたけど、駅からの道はどっちを勧めたの?」
「うん?それなら「どっちが近いですか?」って聞かれたから、複雑だけど右に行った方が近いよって答えた気がするけどな」
林さんはやっさんが疑わしい発言をしていないか、一言一句聞き逃さないようにしている様子でさらに聞いた。
「左に行くのは勧めなかったの?そっちの方が分かりやすいよって」
「何回か来たことがあるって言ってたから大丈夫かなとは思ったけど」
林さんはさっきまでの、警察官らしい感じからは一変していつもの優しい雰囲気に戻って、
「ありがとう、やっさん。聞きたいことは全部聞けたよ」
と言った。
「これだけ聞きたくて、訪ねて来たんか?」
やっさんは少しあきれた様子だった。
やっさんが帰った後、林さんと俺はもう一度、情報を確認し始めた。
「実際、さっきの話は嘘を言ってるようには感じませんでしたね。何回か遊びに来ているから大丈夫だと本人から言われれば納得もしますし筋は通ってますね」
林さんの言葉に納得しながらも何かすっきりしない感じが抜けきれていないように感じた。
「そうなんですけど、なんだか少し引っかかるというか」
なぜ、あんなに部屋を見せようとしなかったのか?
すでに、道に迷っている子に分かりやすい道を勧めた方がいいと考えなかったのか?
もう一度八方塞がりになった現状で疑わしいのがやっさんだけだから、気にしすぎているだけなのかもしれないが。
そのまま、話は進展することは無かったが、俺がまだ気にしている様子だったからか林さんがもう少しやっさんのことを調べてくれるとのことだったので、林さんに
お願いすることにした。
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