第3話 浮かび上がる可能性

 仁美が遊びに来るたび、お姉さんに会いに行っていたのではとないかと考えていた矢先、ピンポーンとインターホンが鳴った。

「宅配でーす」

 自宅の両親からだった。封筒には、手紙と一緒に日記帳が入っていた。

『浩一へ、仁美の日記が机の上にあったので何か探す手掛かりになればと思い送ります』

 父さんも母さんもいてもたってもいられなかったのだろう。俺たちの両親はともに過保護なところがあり、なにかあるとすぐに大騒ぎしてしまうので、俺も仁美も両親には心配をかけまいといつも慎重に行動するほどだった。

俺は日記の中を確認し始めた。

やっぱり思った通りだった。日記には俺の家に遊びに来たあと、お姉さんと遊んだと書いてあった。

それと、不用心にもお姉さんの家の合鍵であろうものが挟んであった。

人の子に簡単に合鍵を渡してしまうお姉さんは不用心な気がするが…。


 日記を調べながら、俺は仁美がこっちに来たあとの動きに、新たな一つの可能性があることを考えていた。

もしかしたら、俺の家に来る前にお姉さんのところによろうとしたのかもしれない。仁美の日記帳に書いてあったお姉さんの住所はこの町から俺が仕事をしていた町に続く道路の途中で町からは少し離れていた。


 俺は急いで林さんのもとに向かい、事情を説明した。

林さんは俺の話を聞いた後、神妙な面持ちで話し始めた。

「浩一さん、先にお伝えしたことがありまして、上に本格的な捜査を掛け合ってみたのですがあまり感触は良くありませんでした」

 やっぱりだめだったか。と残念がりはするがもともと警察をあまり信用できていなかったし、まだ自分たちでもできる捜査はあるのでだいじょうぶだろうと思っていると、

「それとですね、そのお姉さんはたぶん森川美鈴もりかわ みすずさんという方なんですが。前に、片親のお母さまを亡くされてからひどく落ち込んでいると聞いています」

 林さんはほかにも何かあるのだろうと分かるほど、腕を組み言うかどうか悩んでいる様子だったが、少し声を潜めてつづけた。

「それとですね。なんでも、経営が厳しい会社が女性だからとリストラの対象にしたようで、数年前から家からほとんど出てこないらしいんですよね」

 林さんは会社に対して少しイラついているのか、言葉に力がこもっていた。

林さんが言いたいことは分かるが、仁美を捜索するうえでお姉さんは重要になるのではないかと思っているので、林さんを説得しようと思い、

「でも、話を聞くだk」

 俺の説得は言い終わる前に林さんの言葉で切られてしまう。

「妹さんの日記からも分かると思いますが本当にいい人なんですよ。だけど、ふさぎ込んでから人にあまり会いたくない様子で町の人たちもそっとしておこうって感じなんです。みんな、あの人ならきっとすぐに元気になると思ってるんです。確かに、数年顔を合わせてないのは心配ですけど今はあまり人と関わりたくないと思うので」

 林さんは本当に美鈴さんを心配しているが故に、どんなふうに話しかければ傷つけないのかを分からない現状で関わることができないでいるのだろうと分かるほどに、悩んでいる様子が見て取れた。


 仁美の日記には確かに、美鈴さんのことがびっしり書いてあった。食事を一緒にしたり、昼間からゲームをして遊んだとかいろんなことが書いてあり、本当のお姉ちゃんみたいと何度も書いてあった。

俺も出来れば仁美を可愛がってくれていた美鈴さんを傷つけるような行動は避けたいとは思うが、ここでやめてしまえば本当に何も情報がなくなってしまう。

俺は、心の中で林さんに謝りながら一人で話を聞きに行くことに決めた。



 次の日の朝、俺は身支度を整え急いで家を出た。お昼ごろにはいつも林さんいる交番に行くため、林さんに気づかれないように行くなら、朝早くのほうがいいと思ったからである。

新しく買った、安い中古車で町はずれの美鈴さんの家に向かった。

頼む、何か新しい情報を。そう強く願いながらインターホンを鳴らした。


 誰もいないのか反応がない。もしや出かけているのだろうか?と思っていると、誰かからみられているような気がして、周りを見回していると、

「はい、どちら様でしょうか?」

 と、インターホンから女性の声が聞こえてきた。

「あの、妹の仁美がよくお世話になっていた兄の浩一です。申し訳ないのですが、妹のことで少しお話をお聞きしたいと思いまして」

 俺がそう告げると、少しの間があってからどうぞと言われた。家は一人暮らしには大きい二階建てで外装は明るい青色、正面からは窓が一階に一つと二階に一つあるのが見える、庭には花が植えてあるが手入れをしていなかったのか枯れてしまっている。実際のところ、十年も前のことなのでお姉さんのことはあまり覚えていない。失礼な話だが、あの時は、妹のことで頭がいっぱいでお礼すらまともにできずに終わってしまったからである。


 扉を開けると、俺よりも少し年上で、すらっとしていて驚くほどに足が長く、髪は肩に少しかかるぐらいのきれいな女性が立っていた。身長は百七十後半ぐらいだろうが、背筋が伸びているからだろうさらに大きく見えてしまう。

玄関からリビングまでは一直線で途中に扉がいくつかと二階に続く階段があるだけだった。きれい好きなのか掃除が行きとどいており、靴もきれいに並べられている。そこまで好きではないのか、置物は何も置かれていなかった。

美鈴さんは、「どうぞ」と言って俺をリビングまで連れて行くと、テーブルの上にお茶をだし、椅子を出してきてくれた。

「すみません、コーヒーとかはあまり飲まないものですからお茶しかなくて」

 見た目には、日曜の昼間はコーヒーや紅茶などを飲みながら優雅に過ごしているイメージしかなかったが、コーヒーが飲めないのは意外で可愛らしく魅力に満ちた人だと思った。

「いえいえ、こちらが連絡もせずに伺ったので。あの、それでですね。今日ここに来たのは妹の仁美が行方が分からなくなってしまったからなんです」

「え、仁美ちゃんが?」

美鈴さんは目を見開いていて、ひどく驚いているのがすぐに分かる様子だった。

「それでですね。この町に最後訪れているのを目撃している人がいるんですが、僕のところには来ていないので、もしかしたら仲がよかったお姉さんのところによってはいないかなと思いまして」

 お姉さんは、仁美がいなくなった事実に対して困惑した様子だったがすぐに落ち着きを取り戻した。

「すみませんが、最近は人に会っていないような状態で、連絡も誰からもなかったので私が知っていることは何もありません」

 美鈴さんは、申し訳なさそうに頭を下げた。

「いやいや、森川さんが気に病む必要はありませんよ。妹もすぐに見つかると思いますから、その時はまた仲良くしてやってください」

 美鈴さんにお礼を言って帰るときに、仁美を心配してくれているのか不安そうな顔をしていて、本当にいい人で非の打ち所がないと感じた。


 しかしどうしたものか、今日もまた情報を得ることはできなかった。もうほかにできることもないような気がするが、あきらめることはできるはずもなく、どうしたものかと、頭を抱えていると、インターホンが鳴った。

誰が訪ねて来たのだろうかと思い、急いで扉を開けに行くと、林さんが立っていた。

「林さん、どうしたんですか?珍しいですね、訪ねてくるなんて」

「浩一さんには、早くお伝えした方がいいと思いまして」

 林さんは急いできたのか少し息を切らしていたため、家の中に招き入れ椅子に座ってもらった。

少し深呼吸してから林さんは話し始めた。

「妹さんと思われる目撃証言が取れました」

「えっ!ほんとですか?」

俺はうれしくて立ち上がって前のめりになって林さんに近づいた。

「まずは落ち着てください。重要なのはここからなんですが、目撃者は東京から母親に会いに来ていた息子さんだったんですけど。スーツケースを持った女の子が住宅街の方面に直進するのではなく、街灯の少ない迂回する道に入っていったそうなんです」

 それを聞いて、俺も分からなくなってきた。この町は駅から出ると、左右に分かれた道に差し掛かり、右に行くと住宅街に近く、高層ビルが建っているような大きな町に出るための車道があり美鈴さんの家の方面でもあるが、分かれ道がいくつもあり、

この町に住んでいない人間には分かりにくい構造になっている。左に行けば住宅街にすこし遠く、寂れた商店街があったりするだけだが、住宅街までの道のりは一直線だ。


「それじゃあ、妹は駅から出て右に行ったということですか?」

「はい、そうなりますね」

 この町を知らない人からしたら、ただ近道をしたように見えるかもしれないが。あの道は分かりにくく俺も使えるようになるまで何回か道に迷ったほどだ。

いくら何回か遊びに来ているとはいえ、俺が駅まで向かいに行って右側の道を使っていただけだし、仁美は方向音痴だ。

道に迷っている子がいたらどっちの道を教えるかと聞かれれば、街灯が多く一直線の左に行く道を教える。

やっさんは道の説明をしたと言っていたからてっきり左を勧めたと思っていた。それとも、仁美は本当に美鈴さんの家に向かおうとしていたのだろうか?

「もう一度、やっさんに話を聞きに行きましょう」

悩んでいるだけ無駄なのは明白だ。俺は力強く林さんに言った。

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