1F 三つ編みの先客2

 柵に寄りかかって私と謎の少女は並んで座った。


「何で死のうと思ったの」

「何でって……」

「理由なしにこんなとこ来ないでしょ」

「……」

「話すまで死なさないからね」

「死なさないって、何様なの」

「何様でもないよわたしは。ただこの場所が好きなだけの女」

 そう言うと、少女は私の腕を痛いくらいに締め付けてきた。

「なっ、何なの!?」

「話聞いて、納得出来たら、わたしがここから落としてあげる。そしたら結果は同じでしょ?」

「それは、そうかもだけど」

 話の流れには納得できないが、少女は腕を放してくれそうにない。

 私は観念かんねんして抵抗をやめ、無意味に残ったくつを見つめながら、口を開いた。


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 一週間前の日曜日。

 郊外こうがいにある桜並木の綺麗な公園に、私は彼と電車で向かっていた。


 幼稚園の頃からの幼馴染おさななじみの彼とは、中学生一年生の時から付き合い始めて、じきに五年になるところだった。


 未だなれない化粧けしょうをして、今日のために買った、彼が好きだという青のミニスカートを穿き、ピアスをつけた私は駅で彼と落ち合った。



 ……異変に気付くのに時間はかからなかった。

 彼は私の格好に、何の反応も示してくれなかった。

 それは、まぁ、いつも通りといえばいつも通りではあるのだが、それでも、「これ新しく買ったんだ」とでも言えば、「いいじゃん」とか「似合ってる似合ってる」とか言ってくれてたのに、その日はただ、「あぁ」と軽くうなずくだけだった。

 公園に向かう途中も、普段はしゃりながら目的地まで向かうのに、ずっと目を閉じていた。呼んでも応答はなく、眠ってしまっていた。


 公園についてからも彼はどこかうわの空で、その理由を聞いても彼は答えてはくれなかった。

 そして、帰り道。彼は、突然立ち止まって、言った。


「もう、別れよう」


 初めて聞いた、無機質な声だった。そう言う顔にも何の感情も浮かんでいない。

 ただの、報告のような言葉だった。

 

「え、どうして……?」


 首をかしげると同時に、場違いな笑みが浮かんだ。


「私、なにか、駄目なことしちゃった?」


 彼は下を見たまま首を横に振った。


「最近、あんまり会えなかったから?」


 再び彼は頭を振る。


「じゃあ、どうして……」

「お前は、何も悪くないんだ。何も」

「はぁ?」

「全部、俺が悪いんだ」

「何言ってるの……」

「泣かないでくれよ……」


 瞳の奥が熱くなっていく。私は顔を覆ってしゃがみ込む。けれど、彼はその場から一歩も動かず、ただぼうぜん然と立ち尽くしているだけだった。

「ちゃんと、説明してよ……! 何か気に入らないことがあるなら、私、直すからさ……」

 くぐもった声で、必死に私はうったえる。こんなところで終わらせたくはない。一瞬の危機にふうじ込めたかった。


 しかし、彼にその主張は届かなかった。

「ほんとに、ごめん」

 そう呟き、彼はきびすを返して歩きだした。

 その背に向かって彼の名前をさけぶ。

 水気がからんで、もはや言葉にもなっていないような叫びを、ありったけぶつける。


 しかし、彼は戻ってくるどころか、振り返ることも、立ち止まることさえもせず、ついに消えた。


 ひどくみじめな気持ちになる。

 彼とは、付き合い始めて五十六か月、出会ってからは十五年にもなる。そんな、特別なきずなで結ばれていたと思っていた彼と、こんな別れ方をすることになるなんて、たった一時間前には想像すらしていないかった。


 追い打ちのような雨が降り始める。動くことのできない私に、にわか雨が打ちつける。似合わないミニスカートの青色が藍色に染まる。


 れた喉とれた瞳が痛い。きつい三つ編みのせいで頭が痛む。

 とっくに慣れたはずなのに。無理に開けたピアス穴が、今になって痛むような錯覚にさえ襲われる。


「帰ろ……」


 誰も聞いてはくれない呟きをもらして、私はやおら立ち上がった。


 その後の記憶はもやがかかっていて、あまりない。気付くと自分の部屋のベッドの上にいた。





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