ある家の話

 玄関を開けると紅茶の香りが漂ってきた。


 聞くところによると彼女は茶葉のルームフレグランスが好きらしい。ダークオークの廊下を進んでいくと、彼女が「こっち」と言いながらまた扉を開けた。


 そこはどこかお伽話めいた空間だった。紗幕から柔らかな光が流れ落ちていた。リビングは橙に染め上げられ、戸棚には植物の入ったガラス瓶が陳列していた。


「ハーバリウムっていうの、綺麗でしょ」

「……ああ」


 透明な容器の中には植物が入っていた。なぜだか、植物には彩色がなく、物哀しく枯れていた。僕は少し不気味に感じた。


「道端に落ちていた植物を拾い入れているの。水に浸してあげれば生き返るかなって。……変でしょう」


 寂しげに彼女は言った。


 瓶の中で枯葉が揺らめいている。その一つ一つに物語が内包されているようだった。


「優しいんだね」


 ふと、素直な感想が漏れた。


「そういうのじゃないから、わたしは」


 彼女は胸に手をあて、暗く沈み込むようにして言った。


「私、実は知ってるんだ。葉っぱはね、ただ落ちているだけじゃない。枯葉は土を豊かにするための栄養源となって、また次の命を繋ぐ役割を果たしているの。私はね……その過程を拾い上げてしまうんだ」


 自然を愛してやまない彼女。だからこそ、この告白は酷く悲痛な叫びに聞こえた。


 彼女は瓶を一つ取り出した。それを目線の高さまで上げると、僕に向かってこう言った。


「こんなんだよ」


 瓶の中にはタンポポが入っていた。濁った水の中でただ一生を終えるように浮いていた。

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