アマイロガラス

ARuTo/あると

ある部室での出来事

 私は一枚の絵を見ていました。


 それは引き戸くらい大きなキャンバスでした。画面一杯に透き通るような色が広がっています。


 私は絵について詳しくありません。ですが見ることはできます。誰にだってできます。


 じっと絵を見つめていました。窓辺の光に照らされてまた新しい色が見えてきました。そして聴こえてきました。


 天から雨が降ってきました。チャッチャと降ってきました。暫くしてプツと聞こえるようになりました。プツプツプツと。葉に当たったようです。やがてシャラリと流れ落ちました。見渡すと周りにも同じことが起きていました。


 ポルンとした滴は弾力をもって大地に吸い込まれていきます。シュッとして後は何も聞こえなくなりました。


 突然、カーテンが閉められたのです。


 小さな室内は忽ち暗くなりました。癖毛の男子生徒が私をまじまじと見つめていました。


『誰だ』と聞かれました。私は自分の名前と学年を伝えました。


『何故ここに』と聞かれました。私は正直に答えました。部室の鍵は開いていたのです。


「そうか……また閉め忘れたのか」


 少年は溜息をつきました。


 私は御無礼を述べました。その後、真っ先に聞きました。この絵は貴方が描いたのかと。


「そうだが……それがどうかしたか」


 少年は不思議そうな顔をしました。


 私は素敵な絵ですね、と伝えました。


 少年は気恥ずかしそうに頭を掻きました。そしてこうも言いました。


「こんなものは失敗だ。見ているものと違う。表現が足りない……」


 ヘトヘトと不満を露わにします。それでも浅葱色あさぎいろの瞳には確かな輝きがありました。


 私はまた正直に伝えました。様々な旋律が聞こえてきた事を。


 豊穣の大地に風の囁き。彼の絵には色彩がありました。私にも見えたのです。


 森の騒めきに雨の滴り。彼の絵には振動するものがありました。私にも聞こえたのです。


 変な奴だと言われました。次にありがとうと言われました。


 私はこの世界を見ることしか出来ません。だからせめて彼にはこの世界をずっと聴いていて欲しいのです。

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