第3話 白雪姫、シンデレラ、人魚姫、茨姫、ラプンツェル 雪と灰と海の時間
「白雪姫様ー! 白雪姫様ー! 無理っす! 流石にこの人数は無理っすー!!!」
「うっさいわね。ほら、あんたならいけるいける」
「雑ーーー!!!」
「あの、白雪様? そんな無理に招いていただかなくても……」
「無理じゃないわ、魔法の鏡なら大丈夫」
「大丈夫じゃないっすー!」
「って言ってるけど、本当に大丈夫なの?」
「HAHAHA、魔法の鏡は気にせずにお菓子でも食べようじゃないか」
「わぁ! 美味しそう!」
「茨姫様ー!? う、裏切ったっすね!? 白雪姫様の無茶ぶりを一緒に止めようって誓ったじゃないっすかー!!! まさか、前の照れ顔を魔法でいつでも映せるようにしたのバレたっすか!?」
「叩き割るよ?」
「今すぐ削除するっす」
「何と言うか……随分大人数ですわね」
「ラプンツェル様?」
「ラプンツェルちゃん! 久しぶりね!」
繋げなければならない世界の多さにパンクする魔法の鏡に、おざなりな返事をする白雪姫。その様子を見て、シンデレラは一応白雪姫を止めようとするも、流されてしまった。
そして心配はしていたが、お菓子に釣られてどうでもよくなった人魚姫と、前回来たときの恨みを晴らそうとする茨姫。もう一つ罪を自白され、真剣に破壊する手段を検討し始めた。
騒がしくなったお茶会に、久方ぶりの友人が現れる。
彼女は『ラプンツェル』。セミロングの金髪を束ね、ノヂシャの葉のような黄緑の目を懐かしそうに細めていた。
「いらっしゃい、ラプンツェル。……あら、髪伸びてきたわね」
「えぇ、最近はヘアアレンジも楽しめるくらいですの」
金を紡いだような髪を弄ぶラプンツェルは、歓談もほどほどに白雪姫に問いかけた。
「それで、黒檀の髪のお姫様。こんなにも友人を集めた理由は何かしら?」
「よくぞ聞いてくれたわね!」
「テンションが高くないかしら」
大勢の友人に囲まれて気分が高揚しているのか、いつにも増して楽し気な笑みを浮かべる白雪姫。腕を組んでふんぞり返りながら友人たちに向けて言い放った。
「ここにいる子たちにはある共通点があるわ!!!」
「えー? 何の?」
「共通点か……。僕たちだけの?」
「いえ、白雪様は事情があって来ることができなかった方もいると仰っていました」
「あらあら、もったいぶらないで教えて頂戴くださいな」
「ふっふっふー。あたしたちの共通点! それは……!」
ドラムロールが聞こえそうなほどの間の後、白雪姫は叫ぶ。
「魔法・魔女と関わりがあるの!!!」
「確かに…………!」
「言われてみればそうだね」
「白雪様は魔法の鏡、私は魔女のおば様。人魚様は海の魔女ですね」
「そして茨姫は十三人目の魔女。わたくしはおばあさま……塔の魔女ですわ」
魔女との関わりが多い。何なら、白雪姫だけ魔女とは関係ない。しかしこれを指摘すると、白雪姫が拗ねるので他の四人は気づかなかったことにした。
「そんなわけで! 今回は、他の子たちに言うと『何を言ってるのかしら』みたいな顔をされる、魔法関連の不思議な話をしていくわよ!」
話す順番は白雪姫、シンデレラ、人魚姫、茨姫、ラプンツェルである。
「まずはあたしからね! あたし自身は魔法を使えないけど、魔法の鏡は色んなことができるのよ!」
「ちっす。今みたいに世界を繋げたり、あと世界中の様々なことを知れるっすね」
「魔法の鏡さん、少しよろしいかしら?」
「シンデレラ様、何っすか?」
「前……えっと、白雪様もいらっしゃらなかったとき、一人でお邪魔したことがあるのです。そのときに『自分には所詮繋げる力しかない』と仰っていましたよね?」
「言ったっすね」
「それなのに、どうして『世界で一番美しい女性』なんて分かるんでしょう?」
「あー簡単っすよ。自分は鏡限定で乗り移れるんっす。そんで、鏡と鏡を繋いで、人に通ってもらったり、情報を集めたり……まぁ好き勝手やってるっす」
「待ちなさい、それあたし初耳よ」
「やべっ」
シンデレラが自分の知らぬ間に来ていたことも、魔法の鏡が別の鏡に乗り移れることも、そもそも『繋げる力』が本質だということも初めて聞いた。白雪姫は金槌片手ににじり寄った。
「白雪姫様! 白雪姫様~!? 待ってください! 嫌ー! 割らないでー! その淑女に相応しくない物下ろしてくださいっす!!!」
「魔法の鏡は女よりも甲高い悲鳴を上げるんだね」
「茨姫様も冷静にしてないで止めてー!?!?」
茨姫は根に持つタイプだった。
姫たちの良心であるシンデレラと人魚姫が止め、事なきを得たが、魔法の鏡は若干ひび割れた。
「酷いっすよー。使い物にならなくなったらどうするんすか?」
「あら、あんたが今別の鏡に乗り移れるって言ったんじゃない。適当に宝物庫から持ってくればいいでしょ?」
「言わなきゃよかったっす」
「しれっとお国の宝物庫から取っていく発言をしたのにはスルーなの?」
「ちゃんと申請はするわよ?」
「そういうことじゃないと思うのですが……」
「シンデレラは真面目ねー」
魔法の鏡の新事実が判明したところで、次はシンデレラの番だ。
「さーてシンデレラ! あんたのとこの魔女はあたしも気になってるから、どんどん教えて頂戴!」
「えぇ、分かりました。最近の魔女のおば様は、魔法の鏡の複製をしておりますわ」
「ちょっと待って???」
何か聞き捨てならないことを言われた気がした。ので、白雪姫は聞き返した。
「もう一回言ってちょうだい。魔女様は何をしてらっしゃるの?」
「はい、魔法の鏡の複製をしております」
「どうしよう、あたしの聞き間違えじゃなかったわ」
「複製? ってどういうことなのかしら。金髪のお姫様?」
「僕も詳しく聞きたいね」
ラプンツェルと茨姫は疑問を口にする。元より、常に会話が可能な鏡と共にいる白雪姫や魔女を城に召し上げ、正式に宮廷魔法士という役職を与えているらしいシンデレラ、そしてそもそも元人魚であり空気の精とかいう存在が御伽話の人魚姫と比べ、二人はあまり魔法に慣れ親しんでいるというわけではない。
「私も詳細を聞いたわけではないのですが……、どうやら魔法の鏡様が自我を持っていることに着目し、生物を魔法で疑似的に作れるのではないかと試行錯誤しているご様子で……」
「え、何。魔女様って生命を誕生させようとしているの???」
「凄すぎじゃない?」
白雪姫と人魚姫が驚愕する。ちなみに、茨姫とラプンツェルはスケールの大きさに背後に宇宙を背負っていた。
「おば様は高名な魔法使いなのですよ」
「魔法使い? 魔女じゃなくて?」
「……………………まぁ、その……魔女のおば様は、男性ですので」
「???」
白雪姫も背後に宇宙を背負った。
「男なのに魔女なの?」
「何でも、体は男性で心は女性なのだとか。ですので、女性扱いをしてほしいとおっしゃっていましたわ」
「へー! そういう人もいるのね! 勉強になったわ!」
姫たちの良心コンビの微笑みで、三人の背後の宇宙も薄れていった。特に人魚姫が光属性すぎる。
「あと、少しですがおば様に教わって魔法が使えるようになりました」
再び三人は宇宙を背負った。人魚姫は「そうなの!? 凄いわ!」と純粋に驚いている。
「ねぇ! ここで見せてもらえる!?」
「構いませんよ。ほら」
シンデレラは手の平に炎を浮かばせた。
「わぁー!」
「「「わぁ……」」」
同じ「わぁ」でもイントネーションが違う。
「ふふ、私の話はこれくらいで良いでしょう。お次は人魚様の話をお聞きしたいですわ」
「はーい! わたしは海の魔女様に色々助けてもらったときの話をするわ!」
人魚姫の無邪気な声で正気を取り戻した三人とシンデレラは、彼女の言葉に耳を傾けた。
「海の魔女様はね、とっても優しいのよ! 図々しくも急に押し掛けたわたしに魔法の薬を下さったり、人間に恋をするわたしを心配してくださったり、王子様と結婚ができないとわかったら、短剣をお姉様たちに貸して、人魚に戻れるようにしてくださったり! 素晴らしい方だわ!」
「思ったよりただの良い人……人魚だったわ」
「逆恨みで僕を百年も眠らせやがった十三人目の魔女とは大違いだね」
「金の短髪のお姫様、少し言葉遣いが乱暴ですわ。……まぁ確かに、わたくしを監禁した塔の魔女よりは断然優しいですけれど」
今までの人魚姫の語り口から、海の魔女が善人であることは予想がついていたが、何せ三人は魔法というものに良い思い出がない。
元魔法の鏡の所有者である実母——自分を殺そうとした女王、自分を呪殺しようとし——十二人目の魔女により、それは『眠り』となったが——百年の眠りにつかせた十三人目の魔女、そして自分は
なお、魔女に悪い思い出があるわけでもない——むしろ良い思い出しかないシンデレラは、「海の魔女様も素敵な方ですのね!」と嬉しそうだった。
「まぁ優しいからこそ、魔法の薬を飲もうとするわたしを何とか止めようとしてたのよね」
「止められていたの?」
「そうよ。魔法の薬のデメリットを延々と説明して、わたしを引き留めようとしてたわ」
「そのときの様子、映すこともできるっすよ」
「有能ね、やりなさい」
「了解っす」
「えっ!? ちょ、ちょっと! 恥ずかしいわ!」
人魚姫の抗議はスルーされた。
魔法の鏡に銀髪碧眼の人魚と、藍色の長髪の人魚が映し出される。恐らく、銀髪の方が人魚姫、藍色の髪の方が海の魔女だろう。
——ほ、本当に行くのか!? いいのか? もう、ご家族にも会えなくなってしまうぞ!?
——大丈夫、覚悟は決めてるわ。
——で、でも! この薬、副作用……えぇと、デメリットとして声が出せなくなるんだ。王子様に愛を伝えることもできないぞ?
——言葉で示せなくとも、行動でなんとかすればいいのよ!
——人間になってしまえば、水の中で呼吸もできない!!!
——問題ないわ! これからは陸で生活するんだもの!
——今まで尾びれを使って生活してきた人魚が! そう簡単に人間の足に慣れることはない! その上、代償として歩くたびにナイフにめった刺しされるような痛みがお前を貫くんだ! きっと苦しい! きっと辛い! 移動すらままならないんだ!
——我慢するわ。それにわたし、お姫様抱っこっていうものにも憧れてるの。
——それに……! こんなこと、言いたくはないが……! 王子と結ばれなければ……お前は泡となって消えてしまう……!
——言ったでしょう? もう、『覚悟は決めた』のよ。
——う……、ぁ……。…………そう、か。なら……仕方がない、か……。
真っ直ぐとした思いを伝える人魚姫に海の魔女は項垂れた。長い藍色の髪を抱き枕のように抱え、蹲る。
——もう……、お前なんか知らん。どこへでも行くと良い。
——魔女様、……ありがとう。
海面を上がっていく人魚姫を、海の魔女はただ見つめていた。
「……あぁ、思い出したわ。ふふっ。『お前なんか知らない』って言ったのに、短剣を貸してくださったのね」
「本当に……、お優しい方なんだな」
人魚姫の覚悟と、海の魔女の献身。それらは酷く美しく海のように澄んだ感情だった。
※長かったので分けました。
※次回に続きます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます