第2話 白雪姫、茨姫

「やぁ、雪ちゃん。遊びに来たよ!」

「茨じゃない! いらっしゃい、よく来たわね!」


 魔法の鏡を通ってきたのは、金の短髪に碧眼、それこそ童話に出てくる王子様のような男装の麗人である『茨姫』だった。


「あまりにも腹立たしい出来事があってな。愚痴を言いに来た」

「えぇ! いいわよ。今、紅茶とケーキを用意させるわ」


 使用人を呼び、テーブルにティーパーティーセットが並んだところで、二人そろって席に着いた。


「聞いてくれ。実は昨日、騎士の一人に胸を触られてな。しかも事故とかではなく、明らかに愛撫するような手つきだった。とても気持ち悪かったよ」

「勿論、御仕置したのよね?」

「あぁ、股間に蹴りを食らわせてやった上、僕の愛する夫darlingが処刑してくれた。流石、最愛の人darling。僕に手を出す輩に対する苛烈な処分も惚れ惚れするね」

「相変わらず、あんたのとこは甘々ね」


 呆れたように溜息をつく白雪姫。惚気は前の茶会であったシンデレラの話でお腹いっぱいである。


「君も、君の旦那を愛しているんだろう?」

「まぁね。あたしは愛しているけれど、向こうは分からないわ。なんせ、愛人をつくっていたくらいだしね」

「ふむ、君はその愛人に対して嫉妬しないのか? 僕だったら妬いてしまって思わず斬り殺してしまうね」


 さらっと恐ろしいことを言う茨姫に肩をすくめながら、白雪姫は説明する。


「前もシンデレラと人魚に言ったけど、王子なんだから側室の一人や二人、それどころかもっといてもおかしくないのよ。あんたたちの愛されっぷりがむしろ異常なの」

「相変わらず、君は強いな」


 白雪姫の割り切り具合に、茨姫は苦笑した。


「それで? 愚痴はそれだけ?」

「本音を言えば、もっと言いたいことはあるんだが君の方が溜まってると思ってね。今回はこれきりで、僕は聞き手に回ろう」

「あら、いいの? じゃあそうね、かなーり昔の話だけどいいかしら?」

「構わないさ、僕と君の仲だろう?」

「なら遠慮なく」


 白雪姫は紅茶のカップに口を付けて、一口飲むとソーサーに置く。


「実母が娘を殺しに来るって、はっきり言って頭おかしいわよね???」

「まぁ、そうだね」


 茨姫は深く頷いた。


「話を聞くたびに君の世界は修羅か何かかと疑うよ」

「あたしとしては皆が母親に殺されたことが一度もないことに驚きよ」

「そっちが少数派だと思うけどね」


 お姫様の中でも、母親に憎まれ殺されるというのは相当稀有な事態である。


「僕は父にも母にも愛されていたが……他の姫様方、そう、エラ嬢はどうだったんだい?」

「シンデレラ? あの子は実母じゃなくて継母だし、いじめられてただけで殺されはしなかったみたいよ」

「いじめられていたというのも大分悲惨な過去だけれどね」

「魔女に逆恨みされて百年眠らされたあんたも相当よ」

「確実に君ほどじゃない」


 比較対象が『最後に生き返ったとはいえ、実母が猟師に殺しを依頼した上、失敗して森に捨てただけだと分かったら実母自ら三回も殺しに来て毒リンゴを食べて死んだ』である。比較にならない。


「大体ねぇ! 魔法の鏡が余計なこと言うからいけないんじゃない!」

「いやいや! 自分は事実を言っただけっすよ! 実際に白雪姫様は世界一美しいっす!」

「鏡よ、鏡。この世界で一番美しいのは誰?」

「勿論、白雪姫様と茨姫様っす!」

「二人いるじゃない! 確かに茨はかっこいいし、綺麗だけど!」

「しょうがないじゃなっすか! お二方ともお美しいんっすもん! それにやっぱり、白雪姫様も茨姫様のこと美しいって思ってるじゃないっすかぁ!」

「二人……いや、一人と一枚、少し照れてしまうから止めてくれないか?」


 魔法の鏡と言い合いになる白雪姫を制止する茨姫。上っ面のお世辞には慣れ切ったお姫様であろうと、気心の知れた友人たちの率直な褒め言葉には顔を赤らめてしまうようだった。


「確かに! 茨は世界一美しいと思ってるわよ! 今だって、こんなに可愛らしい照れ顔をしているのよ! 美しい上に可愛いとか反則じゃない!」

「それに、お菓子を頬張ったときの綻んだ顔も、普段のクールなお姿とのギャップに萌えるっす!!!」

「分かるわ~~~!!!」

「本当に……止めてくれ……」


 恥ずかしくて顔を覆った茨姫に、白雪姫と魔法の鏡は「「可愛い~!」」と声を揃えた。


「~~~ッ! 僕はそろそろお暇するよ! 今日は愚痴を聞いてくれてどうもありがとう!」

「あら、もっとゆっくりしていっていいのに」

「お菓子もいっぱいあるっすよ?」

「またね!!!」


 逃げるように魔法の鏡を通って、茨姫は自分の世界に帰っていった。


「やっぱり茨は……揶揄からかい甲斐があるわね」

「同意っす」


























白雪姫

茨姫と仲良しなお姫様。茨姫とは親友。パーティーで会う貴族令嬢のようにネチネチしておらず、サバサバした性格の茨姫が大好き。

魔法の鏡が自我を持ち始めた。元々は質問に答えるだけの鏡だったが、今では聞いてないことにも答える。王太子妃の公務の具体的なアドバイスをしてもらったり、愚痴を聞いてもらったりしており、良好な関係を築いている。友人のような関係。そのうち擬人化しそうで心配。

最近の悩みは、魔法の鏡が話しかけてないのに喋り出すこと。


茨姫

ボーイッシュなお姫様。騎士たちと一緒に剣の稽古をしていることが多い。

眠り姫と呼ばれることもある。白雪姫とは王子様のキスで目覚めた仲間。白雪姫とは親友。強い心を持ち、芯のある白雪姫が大好き。魔法の鏡も友人だと思っている。

努力家で秀才。100年もの時間の差による感覚や流行、知識の違いを合わせるため、血の滲むような努力をした。何もしてないのに王子様と結ばれた、と言われるのが一番嫌い。マジギレする。

なお、巨乳。さらしを巻いているため、シンデレラよりは小さく見える。

他の姫たちにあだ名をつける。

最近の悩みは、守られる側の自分より守る側の騎士たちの方が弱いこと。


※男装茨姫に関しては桐生操氏の「本当は恐ろしいグリム童話」の影響をゴリゴリに受けております。

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