お姫様は幸せか?

魚水水鬼

第1話 白雪姫、シンデレラ、人魚姫

「ほんっとあのクソ王子!!! ×××して×××して×××してやるわ!!!」


 豪華な一室に、荘厳な城には似つかわしくない汚い言葉が響いた。


「落ち着いて頂戴、白雪様。また何かあったの?」

「そうよ、わたしたちを呼びだしたんだからクッキーの一つでも用意しなさいよね」

「そこじゃないわ、人魚様……」


 ここには今、三人の女性がいる。


 雪のように白い肌、血のように赤い唇、そして黒檀のように黒い髪の美しい女性は『白雪姫』。


 金色の髪に青い海のような瞳。透き通ったガラスの靴を履き、一目見るだけで心を奪う儚げな美貌を持つ『シンデレラ』。


 煌めく銀髪に下半身は魚の尾——ではなく人間の足。人間に転生した奔放な美少女の『人魚姫』。


 少女の憧れ。三人のお姫様プリンセスは、白雪姫の城(正確には白雪姫の夫である王子の父親の国王の城)に集まっていた。

 部屋には装飾が施された鏡が置いてあり、シンデレラと人魚姫はそこからこの城へ招待されたのだった。


 人魚姫は出されたクッキーをもぐもぐしながら、首を傾げる。


「で、結局何の用?」

「そうだったわ! 聞いてほしいのよ、あたしの愚痴を!!!」

「いつも通りね」

「人魚様、それは言わないであげてくださいな……」

「はーい」


 人魚姫の無邪気な返事に毒気を抜かれかける白雪姫だったが、王子のしたことを思い出し、再び憎々し気に顔を歪めた。


「あの色ボケ王子! 執務があるってあたしの誘いを断っておいて、城下に愛人を囲ってその女に会ってたのよ!」

「それは……」

「確かに、浮気は良くないわね」


 困ったように眉を下げるシンデレラと、頷く人魚姫。


「わたしも王子様が隣国の姫君と結婚したとき、悲しかったもの……」

「それは違うわ」

「え?」


 人魚姫はきょとんと眼をしばたたいた。


「別にねぇ! あたしは愛人をつくってたことに怒ってるわけじゃないの!」

「あら……そうなのですか?」


 シンデレラは驚いた。てっきり、王子が自分以外の女に夢中なことに憤慨しているのかと思っていたためである。


「王子なんだから、側室くらいいるに決まってるじゃない。そうじゃなくて! あたしに嘘を吐いてまで女に会いに行ったことが腹立つのよ! 何で隠すのよ! 正面切って『今から愛人に会いに行ってくる』って言えばいいじゃない!!!」

「待って、ちょっと待ってくださいな。白雪様」

「白雪ちゃんの怒りの沸点がわからないわ」


 白雪姫的には『妻である自分に隠し事をした』方がよっぽど重罪なようである。


「ふぅ……。叫んだら少しすっきりしたわ。ねぇ、逆にあんたたちの愚痴聞かせてよ。あたしだけじゃ不平等でしょ。いつも聞いてもらってる分、たまには吐き出しちゃいなさい」

「愚痴……ですか?」

「愚痴かぁ……」

「何? 今なら何でも聞いてあげるわよ」

「いえ……その……」


 シンデレラは少し言いにくそうに身をよじらせた。


「愚痴と言いましても……。私の旦那様は素晴らしい御人で、不満など一つも。使用人たちも優しく、勤勉な方ばかりで……」

「でも、少しくらいはヤなことあったりするんじゃないの?」

「いえ! それが決して! もう旦那様はお優しくてお強くて……! 私の趣味を理解して許容するだけでなく、付き合ってくださいますし、私が危険な目に遭ったとき、真っ先に助けに来てくださいますし……。あぁ勿論、後で国王たるもの危険な場に一人で行ってはいけないとお叱りしましたよ? あのときのしょぼくれた子供のような顔と言ったら……! 可愛らしくて思わず笑ってしまいましたわ! 子供と言ったら、子供の面倒も私に任せきりでなく、忙しい執務の合間に遊び相手になってくださったり、勉強を教えてくださっていたり! 私がまつりごとに口出ししても、嫌な顔一つせず、本当に民のために、御国のためになるか真剣に考えてくださって! それに——」

「ちょっと! stop! stop! 聞くのは愚痴だって言ったでしょ! あんたの惚気は聞き飽きたわ!」

「止まってー! 止まってー!」

「そうよ、人魚! 人魚はどうなの?!」

「えっ! あっ、わたし?」


 シンデレラの惚気を止めるため、人魚姫の愚痴を聞くことにした。ここで強引に話を逸らさなければ、惚気五時間耐久コースである。

 運よくシンデレラの勢いも収まったようで、立ち上がりかけていた姿勢を正した。


「あ、申し訳ありません。私の話ばかり……。確か、泡になった人魚様は空気の精霊のお勤めを三百年果たして、人間として生まれ変わったのでしたね」

「そうそう! すっごい大変だったんだから! でもその代わりに今、すっごい幸せなの! 歩いても痛くないし! 声も出せるし! 愚痴なんてないわ!!!」

「不憫すぎて流石のあたしも泣きそうよ……」


 不幸体質の人魚姫に、思わず涙した白雪姫だった。


「あら、もうこんな時間」

「ん? 何か用事でもあるの?」

「いえ、そうではないのですが、あまり遅いと旦那様が心配しますので……」

「ふふっ、王子様が探しに来ちゃうわね? 今はガラスの靴が脱げてるわけでもないし、あんたたちの世界とは異なる世界だし、手掛かりなしでも見つけられるのかしら?」

「揶揄わないでくださいな……」

「わたしも帰らなくちゃ! 明日は仕事なの!」

「そうね。人魚も態々貴重な休日に呼んじゃってごめんなさい」

「ううん。久しぶりに話せてよかったよ! クッキーも紅茶も美味しかった! またね!」

「それでは白雪様、またお会いしましょう」

「えぇ、またね」
























キャラクター設定


白雪姫

城育ちで小人からも甘やかされてきたので、若干我が儘なお姫様。汚い言葉遣いは使用人が言っているのを覚えた。覚えなくていい。

母親に三度(猟師に殺すよう依頼したのを含めれば四度)も殺されかけて(一度は死んで)もケロッとしている上、後にきっちり焼けた鉄の靴を履かせて拷問した辺り、メンタルは強い。

魔法の鏡は死んだ母親の遺産。強奪したとも言う。

いつも王子の愚痴を言っているが離婚はしないそうなので、一応王子のことを愛してはいる様子。

子供は好きなので、人魚姫のことは可愛がっている。

なお、胸は並。

他の姫たちを呼び捨てで呼ぶ。

最近の悩みは、姫たちを呼んでいるとき魔法の鏡に「この世界で一番美しいのは誰?」と聞くと、「姫様方全員美しいんで選べないっす」と返ってくること。


シンデレラ

聡明で美しいと評判のお淑やかなお姫様。夫である王子が即位して王になったので、正確に言うと今はお后様。

実は魔女に魔法を教えてもらっているため、簡単な魔法なら使える。

夫に愛され、夫を愛している。一度惚気出すと止まらないので、その流れは全力で阻止している。今回は阻止しきれなかった。

なお、巨乳。

他の姫たちを様付けで呼ぶ。

最近の悩みは、魔女のおば様に魔法の鏡について質問攻めにされること。


人魚姫

童話の中でもぶっちぎりの悲恋を経験したお姫様。幸せのハードルが死ぬほど低い。

悲しい思いはしたが、自分の過去を特段不幸だと思っておらず、前向き。現在は人間ライフを満喫中。

王子様と結ばれている二人に羨ましさはある。でも、今が幸せなので問題なし。

とあるレストランの看板娘として働いている。賄いつきでとても嬉しい。

なお、貧乳。

他の姫たちをちゃん付けで呼ぶ。

最近の悩みは、美味しいものが多すぎて太ってきたこと。

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