イケメン盆栽「彼氏盛り」

水原麻以

イケメン盆栽「彼氏盛り」

智恵理はアラフォーの独身だ。

干物女という蔑称を返上するためにマッチングアプリをインストールした。

そこで不思議なバナー広告を見つけた。興味本位でクリックしてみたところ、怪しいサイトに案内された。

それは「彼氏盛り」という盆栽のオンラインショップだ。

なんと理想の彼氏を自宅で栽培できるのだという。

智恵理は何だか怖くなった。しかし好奇心に負けて都内のショップへ行ってみた。

そこで見たものは水耕栽培のイケメンだった。韓流から英国紳士、黒人マッチョまでありとあらゆる男の生首が植わっていた。女店長がいうにはシングルマザーや親の介護で結婚をあきらめた女性が買っていくという。

「彼氏盛りは貴方の忠実な恋人ですよ。浮気もギャンブルもしないしお酒も飲まない。貴方の愚痴を聞いてくれます」

というので、智恵理は言う通りにする。

店主の猛プッシュで「初心者クン」という品種を飼う事になった。マンションはペット禁止だが彼氏盛りに関する法律はまだなく鉢植えの食虫植物という扱いで取引されているそうだ。したがって何ら問題はない。

「本当にそうかなあ」

半信半疑ながらも智恵理は初心者クンを包んでもらった。

彼氏盛りは温度管理とカロリー制限さえしっかりすればだれでも育てられるという。智恵理は盆栽に何となくノリでねぎおと名付けた。

名前で呼ぶとニコニコと嬉しそうに反応する。言葉は飼い主が教える。ただ教育が面倒だからといってテレビをつけっぱなしにしてはいけない。たまたま時代劇の一挙再放送を聞いてしまい彼氏が侍になったという苦情例がある。

彼氏盛りはあくまで束の間の恋人だ。

彼と二人で生活を営んでいる間に本当の彼氏を捕まえなければならない。

そうこうする間に男運が舞い込んだ。

彼氏盛り女子のLINEグループで紹介してもらい成行きで付き合う事になった。智恵理の生活は、彼のアパートで一時間ほど暮らすだけで終わった。

いつのまにか智恵理はお金を使い果たしていた。新生活に必要だからと彼氏とアパートを借りたが、その際に初心者クンが邪魔になった。業者に処分してもらう費用を渋って山に捨てた。すると翌日、オンラインバンキングのパスワードが何者かに改竄され残高を盗まれた。


彼と同棲してから、お金などないから、と同棲して間もなく智恵理は同棲を解消した。

「これからは自分で財布を握っておきなさい。紐は固く縛って。変な男はきっぱりと断りなさい。お金を使わないと何にもならないように思われたらイヤよ」と智恵理は諭された。その上に女店長が彼氏を買っていくという。

初心者クンの呪いは恐ろしい。


そして女店長から手切れ金がわりに新しい初心者クンを貰った。

「今度こそ大事に育てるからね」

智恵理は生首にほおずりした。

そして言葉をおぼえたねぎお2のアドバイスで大学に編入学した。

試験のヤマも奨学金の申請も言われるままにどんなときでも智恵理は彼の言う通りにした。

そして新しい出会いがあった。

大学は普通科だったが、彼は普通科の中でも成績は優秀だった。むしろ、この頃は智恵理より頭が回っていた。

「私は大学院生向けの本を読んでいる」と彼は言う。優秀なのだ

その後、彼の両親が大きなショッピングモールで飲食店を経営していると判った。彼もときどき手伝いに行っているのだろう。

智恵理はいち早く彼氏の収入がある程度わかっていた。このご時世だ。

それで彼のアパートである部屋の家賃も払うと決めた。


ある日マンションの通路で女店長とすれ違った。

「何でここにいるのよ」と智恵理は言うが、

「結婚式のお金を貯金して、それから好きな男の人と結婚したいから」とあっさり言われた。

そしてねぎお2は枯れた。原因はわからない。

ただ、ハッキングの犯人はなんとなくわかった。女店長の意味深な視線がちらついて夜も寝られない。

二週間は御飯がのどを通らなかった。業者に頼んでしめやかに葬った。


それから1か月、智恵理は「彼氏盛り」を描いた紙を眺めていた。

この「彼氏盛り」はただの暇つぶしで、智恵理は「彼氏盛り」という名前でサイトを作った。ねぎお達の思い出写真や当時の記憶を頼りに日記を綴った。


彼女と「彼氏盛り」の二人暮らしが始まった。

そして、これは、智恵理が初めて見つけた本当の「彼氏盛り」だった。

その頃には智恵理も彼に対しては敬語を使うことができた。恋人やねぎおズとは友達以上で家族未満な関係だった。ため口は当たり前の世界だ。

「これからは私の彼氏です」

智恵理はこの「彼氏盛り」にサインインしておいてよかったと思った。

智恵理はそれから、彼との仲を深めた。

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イケメン盆栽「彼氏盛り」 水原麻以 @maimizuhara

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