8−2

※※※※※


俺はディサミナージョン グローリーを倒したものの身体の不快な感情は治らず、元の姿に戻った照屋社長は起き上がりつつ狂相を浮かべなおも叫んだ。


「お前達、ここでやられるなんて許さん、起きて奴を倒せ」


怪人だった部下達はなおも起き上がると、彼らは死霊のように俺に向かってきた。俺に目を向ける照屋社長は振り絞る声で言う。


「今までどんな裏の手を使ってでも会社を回してきた。しかしこれがあればその必要もなく、いとも簡単に全て手に入れることが出来る‥わしは、時生と共に上の世界へ行くのが夢なんだ」


そう言われても、もはや気力だけで動いているこいつらを撃ったら死ぬだろう。しかし他に方法は無く、俺は奴らに手を掛けようとした。

その時、俺の身に付いていた花弁が離れ、空中に集まるようにひらひらと動いた。花弁は人の形となり、淡い薄紫色のイクアージョン アイリスとなった。


「咲‥何故そこに居る?」


俺は驚いた。後から聞いた事だが実は、サリィがエイ市支部の咲から受け取った花の入ったカプセルの中に入っていたアイリスの花弁がイリュージョン現象となって、鶫と彼と戦ったレイを介してくっついてきたのだと。

それが、アイリスとなって現れたのだった。


しかし驚いている場合では無い。決死の状況に立ったアイリスはまさに彼らが群がる対象の餌だったのだ。


「来るな」


それは自分でも同じだ。俺はアイリスの創った幻影だと解っていてもイボーグの力が残っていては自分を抑える事も出来ず、彼女に攻撃をしようとする。目に映った途端、何かが命令してきた。

この女が死ねば目が覚める、そう頭の中で木霊した。


「咲、逃げろ!」


そこに居る者が一斉にアイリスに向かって走り、俺も勝手に手が動いた。

光の拳を打ち放つ直前、アイリスの全身が光った。


「もう大丈夫」


辺りが一瞬の淡い光に包まれた。そこに居る者達はアイリスの力によって邪念の力を取り払われ照屋社長や社員、レイも力が抜けるように崩れ落ちた。


その場に座り込んだ俺はさっきまでの不快な感情は消えていたが気力も抜け落ちた状態だった。


今となってはアカナの元に行って仲間を裏切った俺の行為は彼らに顔向けできず、目の前に居るアイリスを見た。


「君はずっと戦いに明け暮れている俺に嫌気がさし、花になって様子を見に来たのか?」


そう言うとアイリスは今まで見た事もない、無様な姿をしている自分に戸惑っている。すると彼女はレイにしがみついた。俺の胸に顔を埋めた彼女は悲しそうに泣いているようだ。

そんな彼女の姿を見て笑っていようと思い立ち上がると、俺の周りの花弁が散り、アイリスの姿は消えた。


※※※※※




ストロークが率いるイクアージョン達はアカナのアジトに来ていた。


ディメンションによって開かれた異次元の扉に入った彼らは中に入ると、部下達が一斉攻撃をしてきた。


「お前達は三条を見つけるんだ。俺は葉也を探す」


「はい!」


鶫とラナンキュラスは迷路のようになっているアジトの中を探索しつつ現れる手下の怪人と戦いつつ突き進んでいくのだった‥






彼らが戦い合っている頃、三条はアカナが待っている場所へと戻って来た。


「待っていたわ。お祝いしましょう」


さっきまでの三条の出来事も知らずに笑みを浮かべるアカナは一見キャミソールかよ、という風な悩殺的な赤いドレスを纏って三条を出迎えた。高級ワインに出来立ての料理、ケーキが並べられた食卓のテーブルに寄りかかり、手にしたワイングラスを揺らせている。

三条はそんな彼女に穏やかな目で見つめた。


「その前に君を貰おうか」


三条は背中がざっくり開いたアカナの背に手を回し、料理の並んだテーブルの上に仰向けに押し倒した。

アカナは三条の首に手を回す。その姿は決して卑猥ではなく、トレンディドラマやレディースコミックのように美しかった。

三条の顔が近づいてくるとアカナは目を閉じ、囁くような声で息を吐いた。


「ふふっ‥私たちが一緒に居るのを見て、みんなどう思うかしら?

貴方はずっと、ずっと私のものよ‥‥」





「三条先輩!!」


ドアが開く音と共に響いた声。鶫とラナンキュラス、ストロークが部屋の中に入るとそこには三条と、テーブルの台の上に寝かされた誰かが、顔にケーキを丸々埋めた姿だった。鶫が恐る恐る聞いてみた。


「‥‥その人は?」


「ん?何でもないが。さあ帰ろうか」


明るく言う三条にストロークが呆れた声で言った。


「‥‥‥お前、いい加減そういうのは程々にしろ。まあ、葉也もここには居なかった事だし」


「そろそろ咲さんにも会いたくなったなぁ」


そう言って帰ろうとする三条達にアカナは突然ケーキを落としながら顔を上げ、クリームまみれの顔でヒステリーに叫んだ。


「おのれえぇええ!!こんな屈辱、生まれて初めてよぉお!!!」


プライドをズタズタにされたアカナはロベリアに変身し彼らに襲いかかった。支離滅裂な叫び声を上げ、食台の上にあったナイフとフォークを手に何度も振り回す、それがロベリアだと気づくとラナンキュラスは軽くあしらうように払い除けた。


「人を操る事だけが能力なの?サリィの足元にも及ばないわ」


呆れ声のラナンキュラスに叩かれ倒れ込んだロベリアは銃を向けられると、銃声と共にとどめを撃たれた‥



三条達が居なくなったあと、元の姿に戻ったアカナがふらふらと部屋の外に出て驚愕した。辺りは攻撃でやられた後で悲惨な状況になっていた。


「何・・・これ?」


呼んでも誰も答えず、咲の所に回していた方の部下も応答がなかった。それまで有頂天だったのが今頃気づいた状態で、更に追い討ちをかける声がした。


「アカナ君」


「‥‥社長!‥‥‥ご無事だったんですか?」


アカナの目の前には車椅子に座り時生に付き添われた照屋社長がいた。

照屋社長はレイにやられアイリスによって元の自分に戻ったのだが、自身の持っている以上の力を使い切り衰弱した状態で時雄に穴の底から助けられていたのだった。アカナの本性を知ってしまった彼の顔はすっかり冷め、その口調は淡々としていた。


「君は色んな物を欲し過ぎたようだね、これでお別れだ。私は長年連れ添った妻の所に戻るよ‥従業員としてなら別だがね」


そう言って照屋社長は車椅子で踵を返すとそれを押す、口元に笑みを浮かべる時生と目が合い、それを最後に彼女を置き去りにし消えたのだった。



『嫌よ、只の従業員に戻るなんて!あいつら、今に思い知らしてやるわ』



それまで照屋社長によって優雅な生活を続けていた彼女にとって元の生活に戻るなどまっぴら御免、それが照屋社長も三条も居なくなりディサミナージョンも自分のアジトも失ったアカナは街を鬼女のような顔で歩いていた。

相手から突然意にそぐわない扱いを受けた女の恨みは恐ろしいのである(自業自得なのだけど)そんな彼女が向かった先は「照屋カンパニー」だった。


中を覗いてみると懐かしい光景が広がっていて、作業を進める従業員達が一生懸命働いていた。いつも通りの工場内にアカナは現実に戻ったような感覚に陥った。


「みんな、この会社は裏では悪い事をしてるのよ!私、全部見たんだから!」


場の雰囲気を壊すように叫んだ声にそれまで作業をしていた従業員達は一斉に彼女を見た。

以前は仲良くおしゃべりをしながら作業をしていた社員達はアカナの方をまるで遠くを見るかのように向くと、小声で囁いた。


「‥どうしたのあの人?最近来なかったけど」


「バカね、彼女社長の愛人なのよ!だからこんな仕事しなくても別にいいんだって」


「本当?信じられない!」


様々な声がアカナの耳に入る中、「ご用件は?」とアカナの前に気難しそうな作業着姿の男がやって来た。


自分が消した工場長の厨尾は当然居る筈もなく、自分に付いていた社員達も部下に利用してここには居ない。対応した初めて見る工場長にアカナは上目ずかいに睨んだ。


「この会社、裏で色んな事をやってるの知ってるわよ!警察や週刊誌に全部バラして訴えるからぁ!」


そう言いつつ使い古したディサミナージョンを机にバン!と叩き置くと、それを手にした工場長は何の事かも解らず、黙ったまましげしげと見つめると、一言言った。


「取り敢えず今日のところはお引き取りください」


あっさりと帰されたアカナはそれ以降、どうなったのかは誰も知らない。色んな人を利用して社員から悪の組織に入り、それを乗っ取ろうとした女の一幕はこれで終わりを遂げたのだった。

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