7 昨日の味方は今日は敵(上)

大きな音と砂煙と共に二人の男が浮かび上がった。


イボーグとアノメイオスの攻撃で生じた爆風で他の者と違う方向へと弾け飛んだイクアージョン キャプチャーとグリッド。空に放物線を描くように飛んでいく彼らはその先で、先ずはグリッドがズザザザザ、と音を立てながら滑り落ち、それに突撃するようにキャプチャーがダイブすると砂を撒き散らしながら停止した。


「ぐふぁぁあぇえ!てめぇえ何すんだぁあ!」


「あっ悪ぃ悪い、大丈夫か」


「痛てぇーー!イテェーじゃねぇかよ!」


そう謝りつつ起き上がったキャプチャーこと佐幸は内心、『一番一緒に居たくないのと二人きりになってしまった』と思ってしまった。二人は変華を解除しつつ、のたうち回りながら叫ぶ針原を心配するように声をかけた。


「打ちどころが悪かったのか?そんなの大丈夫、大丈夫。むしろ無傷だったんだから運が良かったと思えよ!」


「お前母ちゃんかー!お前みたいなのに押し潰されたら俺は死ぬわ!」


ああ言えばこう言う針原に内心イラッとしながら口を出す。


「だったらイクアージョンはもう使えない筈だろ?お前、リタイアするつもりなのか」


「イクアージョンは使える。しかし俺は動けない。あーこんなんじゃムリだ俺━━━」


「あ?何が問題だ?」


「その巨体が俺に乗しかかった事がトラウマなんだよぉ!あとその、突き刺さるような言い方。言葉の暴力で心が痛むんだぁ!」


いい加減、針原こいつがごちゃごちゃ言っているのを聞く事にウンザリしてきた。佐幸は少し考えてから、真顔で言ってみた。


「ああ‥そうか。じゃあこの前、公園で出会ったとかいう「アリ地獄を見ながら一緒にソフトクリームを食べたい」と言っていた女の子‥今度会うんだって約束してたんだよな。そうかー‥‥その怪我とメンタルじゃあ、暫くは無理だな。じゃあ代わりに俺が」と言うと針原は頭を抱えた状態でしばらく沈黙すると、唸るように口を開いた。


「‥いや、お前なんかいくら探しても見つかる訳無えって。どうせありきたりの木の下とか連れてって何も見つからず、無駄足にさせるんだ‥俺だったらとっておきの場所を教えるわ」


「だったら行くのか行かないのかどっちなんだ?痛いんだろー!!」


佐幸の怒鳴り声で針原は目をぱっちり開けると急に起き上がった。


「ダイジョウブ、二日間我慢出来れば治るから」


「この当たり屋め!動きたくないんだったらしょうがない、誰か探してくるから待っていろ、そこから動くなよ!」


もう針原この男と1秒でも同じ空気を吸いたくは無いと思った佐幸は煮えくりかえるような心情でこの場を離れた。




だだっ広い砂の上を重い足取りで歩き出した佐幸。どれだけ経ったか、しばらくすると乾いた風と共に吹いてくる砂埃の中に何か異様なものを感じると、彼は段々目眩の様な感覚に陥った。


一瞬酔った様にふらついたまま周囲を見渡してみると、向こうにハイエナの姿をした怪人がいるのを認識した。佐幸はイクアージョン キャプチャーに変華して、背中の斧と保護銃ネットガンを手にし構えながら身を低くした。


だがもう遅い、佐幸の意識はすでに酔ったように足元の感覚がおぼつかなくなっていた。さっきから漂っていたのはあの怪人からの臭気だったのだ。まさかこんな時に敵に会うとは‥‥‥。ゲージも少ない今、こいつと戦うわけにはいかない。だからと言って生身の状態じゃ捕まるかもしれないし、逃げる選択を選ばざるをえなかった。


怪人は身を潜めながら少しずつキャプチャーとの距離を縮めながら口を発した。


「俺は怪人 土狼アードウルフだ‥」


そしてアードウルフが小走りになって近づいて来た時、キャプチャーは彼が「おい」と言ったのも気づかず、一か八かで斧を盾にし振りつけた。


前方斜めぎみに向けられた斧の刃先はひゅんという音を立ててアードウルフを狙うと、奴は口から剥き出した上下の牙を放射線状の光となって放った。向かって来た斧に噛みつくように絡みついた斧は空中で砕けた。

キャプチャーは斧が割れたと思う余裕も無いままに一寸の隙を狙って向こうの高くなっている場所にネットガンを打ち付けるや、怪人と離れるように跳んでいった。





「佐幸くーん」


アードウルフから逃げ切ったあと、暫く身を潜めていた佐幸は聞こえてきた声の方に顔を向け、それがサリィだと解ると身を乗り出した。


「サリィか?助かる!」


「無事で良かった」


明るい表情で笑うサリィに佐幸も安堵した表情を見せた。彼女は篁社長に言われてエイ市支部に行き咲から人数分のイクアージョンをもらって来たのだった。


「さっき怪人に出会でくわした。針原の事が心配だ」


「咲さん、三条さんと針原君以外の皆んなとは連絡取れたって言っていたけど、多分全員無事よ。針原君ってあんなんだから、きっと器用に逃げていると思うわ」


「あいつの分も持って行ってやるよ」


そう言われサリィは鞄から取り出したイクアージョンを差し出すと佐幸はサンキュ、と言いながらそのを二つ取って手にして笑顔を見せた。



「斗川さんにも俺はすぐ戻るからと伝えてくれ」


「解った。気をつけてねー」


佐幸はサリィと別れると、念のためイクアージョン キャプチャーに変華してさっき針原の居た場所へと戻った。





キャプチャーは針原が居るであろう周辺を探したが彼は見当たらなかった。あいつはどこだ?地表がガタガタになった砂地の上から周りを仰ぐと、地平線に誰かが居るのが見える。


疑心暗鬼の表情で見つめた先に居たのは紛れもなく針原と、さっき出会った怪人ワードウルフの姿だった。


「針原」


キャプチャーが恐る恐る声をかけると、針原は「いよぅ」と上機嫌に言葉を返した。


「お前、そいつは怪人だぞ!そいつのせいでおかしくなったのか!?」


さっきの怪人の臭気にやられたのか?年中ハイテンションだから見た目はいつもと全然変わらないのだが。

すると隣にいた怪人アードウルフが淡々と口を開いた。


「悪いけど俺たち仲良しなんだ。はっはっはっ」


「どういう事だ!」


「特に問題はねぇ、ただイクアージョンが切れそうだったから偶然会った彼がこれをくれたんだ」


そう言って針原は手に持っていたものを胸に翳すと、みるみるうちに姿を変えていった。


「イェエエーーーィ!!!」


奇声を上げながらグリッドとなったその姿はウスバカゲロウの幼虫がベースだったが、いつもとは違っていた。


「まさかお前、ディサミナージョン になったのか」


「アカナ様からお前達を手厚くもてなせと言われた。お前もこれをやるから一緒に来ないか?」


そう言ってディサミナージョンを見せたワードウルフにキャプチャーは斧と保護銃を構えながら言った。


「断る。俺はイクアージョンだ」


キャプチャーは続けざまに隣に居る、ディサミナージョン グリッドに言った。


「針原、いくら酔った勢い(?)でそうなったとはいえ、ディサミナージョンになった 以上、お前と戦うしかない!」


「だったら二人でお前を倒す」


そう言った土狼ワードウルフとディサミナージョン  グリッドは同時に動いた。


砂上の上はグリッドがお得意のフィールドである。キャプチャーの足場が崩れると底からグリッドが腕の触手で狙うように顔を出す。キャプチャーはすぐさまその場から飛ぶように離れた。砂時計のように崩れるアリ地獄は現れては消え、また別の場所に現れる砂の窪みは中心部が黒く、前に見たアナザーホールの穴のような黒い色をしていた。


「お前のアリ地獄なんかに落ちるか!」


キャプチャーはそれとは別に、横からワードウルフがキャプチャーを狙って牙を放射線状に放って来た。


「さっき見ただろう、俺の牙はお前のその斧を噛み砕く。使えないんだよ」


砂の中でどちらからも避けなければいけなかったキャプチャーは保護銃を使い砂の中に突っ込むと、彼らの目を眩ましながら動き回った。


行方が解らなくなって砂上から出て来たグリッドに、キャプチャーが保護銃を放った。と、思った矢先にキャプチャーの体は砂に押し上げられた。


砂に塗れながら地上に吐き出されたキャプチャーに更に砂から出て来たグリッドが突然打ちかかって来た。


「そもそもお前は前から気に喰わない、いつも俺より優位に立った顔をしやがってよお!」


キャプチャーはグリッドの触手と刃を交えながら思った。いくら今まで不仲だったとはいえ、戦う羽目になるとは。


更にこいつ、俺に本気で殺意があるとしたら‥


黒い感情が互いに芽生え、それを嘲笑うように見る土狼。


キャプチャーはグリッドを一発殴ってから後方へと飛びずさった。

斧を保護銃に取り付け、ワードウルフとグリッドが一直線上になるように狙いをつけて撃ち放った。

速度をつけた斧先はまるで大きくなったかのように、かまいたちとなって空を斬り、一瞬で怪人ワードウルフの上部が欠けそのままグリッドに向かった。


「ひょえ!」


「針原、変身を解除しろ!」


ディサミナージョン グリッドは変身を解除すると、キャプチャーは網をぐいっと引いた。斧は目前で止まり、針原に近づいたキャプチャーはイクアージョン を差し出した。


「斗川さんと一緒に戦えるのは俺とお前じゃなかったのか」


針原は何を考えているのか解らない、表情のない顔でイクアージョン を掴んだ。そしてイクアージョン グリッドに変華すると、「イェイッ!」と声を発し、咄嗟にワードウルフに触手を突き刺した。


「き、貴様‥」


「俺は斗川さんの命令しか聞かねんだ!」


ワードウルフは残りのゲージを吸い取られて倒れ、元の姿に戻った。

グリッドは何も無かったかのように背を向けた。


「行くぜぇい!」


ワードウルフだった者を尻目に何も無かったかのように歩き出すグリッドに、キャプチャーは内心『針原あいつ単純バカで本当に良かった』と思ったのだった。








一方、別の場所ではアカナが長く暗い廊下をつかつかと歩いている。その顔は薄暗い中でも満面に満ちた笑みを浮かべていた。


彼女はドアを開くとそこに居たのは一人の男。


「わざと捕まえられるなんて、どういう風の吹き回しかな?」


三条は照屋達にも知られない秘密の場所で両腕を頭の上に縛られていた。


葉也ようやに会いに来た。彼に会わせてくれ」


「ぼうやはここには居ないわよ。わざわざ奪われるような場所に置くわけないでしょう。

そんな事より、二人の時間をもっと楽しみましょうよ」


三条は睨みながらも口元の口角を上げて言った。


「君はしょっちゅう俺をけしかけてくるが、それはどうしてだ?」


アカナは全身から甘美な香りを匂わせて三条の方へと寄って来ると、こう言った。


「ねえ、私と照屋達を倒さない?」


どういうつもりだ?三条は空いた口が塞がらずにいられない表情をした。


「君の欲求は想像を遥かに超えるな。何故君と俺が?」


「必要だからよ。あなたと私がそれぞれの組織の頂点に立つの。そうすれば誰の命令も受けずに済むわぁ。どう?」


三条はそんなアカナをじっと見つめると、言葉を漏らした。


「君はあの会社で普通に働いていた時が魅力的だったのにな」


優しい目でそう言った三条をアカナは一変して鋭い顔で睨みつけた。


「女の派閥の中で安い給料を貰う為にずっとこき使われるのよ!私はあの社長に気に入られたお陰でどのベテラン社員よりも優位に立つ事が出来たわ。けど、ずっとあんなおじいちゃんの愛人なんてまっぴら。今までの代償に、あいつらの全てを貰うのよ!」


アカナは元の表情に戻ると、三条の頬に優しく手を添えた。


「もっとも、あなたの出方次第では私の夫になって貰ってもいいのよ‥」


「断ると言ったら?」


アカナは冷たい目で一瞥しながら三条の耳元に近づけて、囁く様に言った。


「斗川の妹、咲だったっけ?今あの会社に一人でいるのは」


そう言われ表情が変わった三条に、アカナは悪女のような目で微笑んだ。


「私に従わなければあの場所にアナザーホールを落とすわよ。そしたら彼女とは、一瞬でサヨナラね」

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