5−1 二つのウルフの戦い

ある朝、とある自宅の玄関ではいつも通り出勤する夫とそれを見送る妻の光景があった。


彼の名は納矢喬。40代の、白髪混じりだが渋めの風格を持った彼はアクセレカンパニー・デイ支部に勤めていた。


「いいか、戸締りはちゃんとして、外へ出る時も怪しい人には気をつけるんだぞ」


「そんなに心配?。今やってる仕事って、そんなにヤバイの?」


納矢を見守るように立っている妻のマキは30代だが20代と言っても過言では無い見た目で、明るい表情で夫の心配事を軽く笑った。


「ある組織を追っていてな、奴ら、『デスウルフ』とか名乗っているからタチが悪い。その中のリーダーを、とうとう突き止めたんだ。それじゃ行ってくるが、‥‥‥‥もう一度言う、一人のときは変なのに狙われないように気を付けろよ」


「解ってる、あなたも気をつけてね」


納矢は手を降って見送るマキに片目を閉じると、玄関を出た。


納矢は朝の住宅街を通勤途中の社会人や学生達と同じように歩いていた。暫くすると前を歩いていた歩行者の若者が突然、後ろから走ってきた若者に体をぶつけられた。


「おい、うぅっ!」


カバンをひったくられた男はそのままうずくまるようにかがむと納矢がその若者に近寄って声をかけた。


「おい、大丈夫か!?」


「カバンをあいつに取られた‥うぅ」


納矢は顔を上げると、カバンを奪った若者は逃げることもなく遠くからじっと納矢を見ていた。「なんだ、やんのか?」と挑発するような目で奪ったカバンを上にぶらぶらさせている。


納矢は遠くの若者を見据ると、イクアージョンシステムを手にしそれを胸に翳した。その時、


「うあっ!!!」


イクアージョンが発動する前に納矢はすぐそこに蹲っていた若者に脇腹を刺された。納矢は腹部から次々と来る痛みに耐えながらワイシャツから血が出るのを抑え、その上から伸びた手にイクアージョンシステムが奪われた。


「誰か!救急車呼んで!!!」


あたりが騒ぎ出し、イクアージョンを奪った若者はひったくった若者の方へと走り、一緒になって同じ方向へ逃げて行ったのだった。





愁は三条と共に隣の市のアクセレカンパニーデイ支部にやって来た。


「三条様と花園様ですね。お待ちしておりました」


エントランスに来ると咲と同じ制服姿をした女性がやって来た。短めのウェーブがかかった明るい茶色の髪、小柄で可愛い感じの女性は愁より年下に見えるが、愁をちらっと見ると一瞥するよな目で見てから「どうぞ」と前を向き、開いたエレベーターのドアの中に入るよう促した。


外側がガラス張りのエレベーターが上がっていくと、下の景色がどんどん小さくなっていく。自分が居る社内とはまるで別世界、いきなりトレンディドラマの中にでも入ったような気分だった。


「三条だ。失礼する」


エレベーターを降りてオフィスに入ると、部屋の奥に大きな窓から広がる青空を背に斗川湊がいて、その端の壁側に佐幸登と七星愛里逢が並んで立っていた。


挿絵(近況ノートより)


https://kakuyomu.jp/users/mira_3300/news/16816700426827602341


「柿谷君ありがとう。もういいよ」


斗川にそう言われ案内してきた柿谷沙利は、去り際にそこに並んでいる佐幸とアリアの方にも目線を向け、「失礼します」と淡々とした表情で出て行った。


「今朝、うちの納矢がイクアージョンシステムを奪われたのは聞いただろう。彼は数日前から『デスウルフ』という犯罪組織のリーダー、高釜という男の事を調べていた。それが奴らにばれてしまい目をつけられ、逆にイクアージョンシステムも奪われてしまう羽目になったとは」


「それで、納矢さんは‥‥彼は今無事なのか」


「納矢は今病院に入院していて妻のマキさんが付き添っている。これは我が社員の失態だが、この件は今後、ここに呼んだ君らに委ねたい。協力して奴らを捕まえ、奪われたイクアージョンを取り返すのだ」


「斗川さん、納矢さんをあんな目にあわせた奴らを許せません。必ず見つけて業務を完了させます!」


佐幸の隣にいたアリアが叫ぶように言うと、斗川は可愛い部下を見るような笑みを向けて二人に言った。


「君たちならやってくれるだろう。頼んだぞ」


「はい!!」


アリアの表情がぱっとが明るくなったのを愁は無言で見ながら、四人はこの場を後にした。




「愁くんどうしたの?さっきからボーッとして」


「あ、いや、ごめん‥‥」


アリアは愁の顔を見ながら首を傾げていると、曖昧な愁に佐幸も口を出した。


「もたもたしていると俺たちが先に片付けてしまうぞ」


「斗川さんの奥さんにはGPSを持たせているから、何かあったら彼らを追跡できるわ。早く見つけ出しましょう。三条さん、悪いけど私たちの方が先に納矢さんの奪われたイクアージョンを手に入れますよ」


「二人とも頼もしいな。じゃ、何かあったら連絡する」


「解りました」


佐幸とアリアがいなくなると、愁は三条にぼそっと言った。


「‥今は同じ目的を果たそうとしているのに後から戦うなんて、先輩達はこの状況、何故平気なんですか?」


「まあ、職場の人間関係は楽な事ばかりじゃ無いからな」


「そういう意味じゃ無いと思うけど‥‥佐幸くんは男だから気にはしなくなったけど、彼女は‥‥」


愁は以前、ラナンキュラスに銃を向けられた事が離れなかった。そんな愁を見て、三条は言った。


「そうか。じゃあいい方法を教えてやろう」


「え?何ですか?それは」


愁が三条から答えを聞こうとしたその時、三条のスマホが鳴り、手に取ると耳元にあてた。


「納矢さんからだ。‥‥三条です」


スマホ越しに納矢の声が息も絶え絶えに聞こえてくる。


「妻が‥‥あいつらに‥連れ拐われた」


「納矢さん、奴らの居場所を今から突き止めます。必ずマキさんは助けるので安心して下さい」


三条が通話を切ろうとしたその時、スマホの向こうで納矢が言った。


「待って‥待ってくれ、三条」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る