「月食楽園」 微糖

@Talkstand_bungeibu

月食楽園 微糖

 「ねぇフレッド。今日は月が赤いわ。なんだか不吉ね」ボニーがそうつぶやいた。

 ボニー。今日は月食なんだ。月食の時は月が赤くなるんだ。怖がらなくていいんだよ。フレッドの声は音にはならなかったが、ボニーにはそう聞こえた。

 「でもフレッド。すこし怖いじゃない。お願い、抱きしめて」

 かまわないよ。そう語るフレッドの瞳はまばたきをしなかった。ボニーは彼の硬い大胸筋に顔をうずめた。

 窓の向こうからガサガサッと音がした。カラスかネズミか、それともホームレスが寝返りをうったのか。それならまだいいほうだ。ボニーは道端の吐しゃ物のにおいを思い出して眉をひそめ、そして包まれている安心感に酔った。6畳ほどの部屋は彼女にとっての楽園だった(畳、というものをボニーはしらなかったが)。

 ボニーは後ろ手で照明を消した。家具の少ない部屋はほの暗い雰囲気になった。テレビからは犯罪や貧困のニュースが絶えず流れていた。ボニーの暮らす都心部では薬代を浮かすため犯罪に走るジャンキーがあふれていた。

半年ほど前にカバンのひったくりに会って以来田舎娘で内気なボニーは、護身用のマネキンを家に置くようになった。ふざけて名前をつけているうちに、だんだんと愛着が湧き、それが愛情へと変わるのにそう時間はかからなかった。

 テレビは強盗のニュースが終わり、ペプシのCMが流れた後、音楽が流れだした。黒人女性シンガーがソウル・ミュージックを歌い始めた。ボニーはフレッドの腕の中で包まれると、孤独が溶けていった。

 今ジャンキーの強盗が入ったら、それとも都市伝説にあるような殺人鬼がベッドの下に入っていたとしたら、ソファでマネキンと抱き合う私を見てむしろ腰をぬかすんじゃないかしら。ボニーはそう考えていた。

 ベイビー、なにがおかしいんだい?フレッドがそう尋ねてきた。

 「なんでもないわフレッド。それより強く抱きしめて。私凍えちゃいそう」

 

・・・最初はサイコホラーとして書き始めたが、今となってはこんな人、町のどっかに普通にいるんじゃないだろうか。

 だれもが人には言えない秘密を隠し持っているものである。これも愛の形である。

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