4-10 8/31(ii)
僕は何か彼女に言葉を返そうとした。
けれどもそれより前に、彼女が首を横に振る。
「わたし達は放っておけば、いつまでも南に行けます。でも、そうしていても意味がないんです。それじゃ永遠に終わらないですから」
きっと彼女は、これ以上南へ行っても仕方が無い事を知っていたのだ。今日を最後にすべきことを知っていたのだ。
幾ら南に進んでも、更に南に行くことができる。この星はそういう形になっているのだ。そうして気付いたら一周して元の場所へ戻ってくる。本当の意味での果てなんて存在しないようにできているんだ。永遠なんてない。楽園なんてない。少なくとも、僕たちがこんな共依存の逃避行をしている限りは。
「きっと、世界の果てというものは、楽園というものは、本当は存在しないからこそ価値があったのです。それはたぶんただの虚像ですが、わたし達はそれを追いかけることで、立ち止まらずに歩き続けることができます。だからそれは幸せな虚像なのです。それが虚像であると、本当の意味で理解してしまうような行動は、やってはならないのです」
本浄がそう言った。その意味が理解できてしまうことが辛かった。
「だから、わたし達の旅はここで終わりです」
彼女は旅を終わらせようとしている。
「そんな言い方をするってことはさ、本浄は自分で言っていた<世界で一番きれいな写真>を撮る目途が立ったの」
「そうではないですけれど、それと似たようなものです。わかっちゃったんです、日向野くん。いま思い返してみるとどうしてなのかは分かりませんが、わたしはずっと、一番きれいなものは一枚の写真だと思っていました。けど、違うんです」
「じゃあ、何なの。君にとって本当に綺麗なものは、何だったの」
ここに来ても僕は全くわからなかった。彼女もここは楽園ではないと言っていた。世界の果てではないという言葉に頷いていた。だとすれば、彼女は何を見つけたのだろう。
本浄がこちらに一歩近づく。気付けば唇が僕の耳元まで接近していた。そのままゆっくりと彼女が口を開く。
「きみの---------------------------------------------------」
彼女がそれを言い終えた後、僕は長い時間をかけてその言葉の意味を咀嚼した。どういうことかは初めからわかっていたのだけれど、それでも長い長い時間をかけてそれを飲み込んだ。それから小さく深呼吸をし、「なるほどね」と返答をした。僕の声は震えていたような気もするし、ため息交じりだったような気もするし、怒っていたような気もした。
「ね? そういうことなんです」と彼女が微笑む。
「本浄は、ときどき賢いね。ときどき」
僕の口からこれが出てきたのはきっと、一つの諦めの合図だったのだろう。彼女のその発言を認めたという証拠だった。
「そうでしょう。誉め言葉として受け取っておきますね」
彼女はもしかすると、初めから気付いていたのかもしれない。ずっと目を背けていただけで、自分が消えるためのトリガーを理解していたのかもしれない。少なくとも無意識下ではわかっていたのだろう。彼女はもう、最も綺麗なものをその手に収めているんだ。それは写真じゃないけれど、確かに彼女が手に入れているものだった。
「ということはさ、もう君はいつ消えることもできるわけだ。自分自身のさじ加減一つで、醜い自分の存在をこの世から消し去ることができる」
そうです、と本浄が答える。
つまり、これが本浄瑠璃との最後なのだ。
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