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 そうして夏休み最終日がやってきた。暑さも世界も終わらないけれど、その日は確かに、僕らにとっての最終日だった。


 僕は本浄瑠璃と一緒に歩いた。

 彼女と歩くのは楽しかった。このままずっと歩き続ければいいと思った。けれどそんなはずはない。僕たちはずっとずっと南の方まで来ているのだ。この物語ももうじき終わる。全てが終わった後、僕はどうなってしまうのだろう。本浄瑠璃はどうなってしまうのだろう。考えたくもなかったし、考える必要もないように思えた。僕が予想しなくても、真実はすぐそばまで来ている。

 それなのに、今日も本浄は嬉しそうな顔で歩いている。それを見て僕も笑った。細い足が嘘みたいに軽やかなリズムを刻んでいく。なんだか彼女の足音すら大切なもののように思えた。


 そして、僕たちはその終着点へとたどり着いた。


『本土最南端』

 そう書かれている。つまり、僕たちが決めたゴールだった。


 僕らはその周りを散歩した。

「とても良い場所ですね」と本浄は言う。僕は頷く。

 そこは確かにとても素敵な場所で、緑や海が一望出来て、神社や遊歩道や展望台があった。

 遊歩道は亜熱帯植物が多く、南国のような気分にも浸ることができた。

『もう少しで世界の果てに手が届く』

 本土の最南端は、そんなキャッチコピーが書かれていた。

 けれどもやっぱり、僕たちの考えていたような救いはなかった。確かにあと少しで届きそうだけれど、やっぱり楽園でも、世界の果てでもなかった。

「綺麗だけど、僕たちが夢見ていた世界とは少し違う気がするな」

「ええ、とっても綺麗ですが、楽園なのかはわかりませんね」

 やっぱり、楽園なんて無かったんでしょうか、と彼女が呟く。

「きっとあると思うよ。たまたまここではなかっただけで。もう少しだけ先に行けば、きっと世界の果てにたどり着くよ」

 そうだ。ここは本土の最南端でしかない。きっとこの南にはいくつか島があるだろうし、もっと遠い海の向こうにも別の国の島があるだろう。そこはもっと赤道に近いから、もっと暖かいはずだ。だからきっとそっちに楽園がある。

 今から南の島に行くのはどうだろう、と僕は言った。

「楽園って、どこかの南の島にあるようなイメージがあるじゃないか。少なくとも僕はそんな気がするんだ、だから」

 空回りしていることが、自分でもはっきりとわかった。これは本浄の望んでいるものではないことが理解できた。それでも僕は、必死に、希望にならない希望を彼女に提示し続けた。


「いいんです」と彼女は首を横に振った。岬の端から、さらに南の方向を見つめながら、そこへ行くことをはっきりと否定した。


 僕は怯えていた。彼女との旅路がここでおしまいになってしまうことを恐れていた。だからここよりさらに南に行く、なんてことを言いだしたのだ。

「もう十分です。わたしのわがままに付き合ってくれてありがとうございます」

 そして彼女が別れの言葉を告げた。

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