4-3 8/26(iii)

 空いている部屋、ひとつしかなかったや、ごめんね。そう言って僕らは十畳ほどの空室に案内された。

「じゃあ、ごゆっくり、駆け落ちのお二人さん」とお姉さんが言い、障子を閉める。

「お姉さん、またわたしたちのことを駆け落ちだって言ってましたね」

 本浄は笑いながら何度もその言葉を繰り返した。きっとよっぽどおかしかったのだろう。

「まあ、確かに周りの人から見ると、間違いなくそう見えるんだろうね」

「そうですね、全然違うのに」

「そうだね、全然違う」

 僕等は互いに対して何らかの特別な感情を持っているし、どうしようもないような場所から共に逃げている。けれども何もかも、世間一般で言うところの駆け落ちとは違う。

 駆け落ちをするような男女とは感情の内容も異なるし、その動機も全く違う。それなのに客観的にはそうであるようにしか見えないのだろう。

 僕らは荷物を置いて、それから二人で仰向けに寝転んだ。彼女と星空を見ていた時から思っていたが、僕はこんな風に上を見上げてぼんやりとしている時間が好きなようだ。

「とりあえず、寝る場所が楽に決まってよかったです」と本浄は言う。その通りだと思った。僕らが向かった田舎は思ったよりも田舎で、もしかすると今頃、宿がなくて途方に暮れていたかもしれない。


 ごゆっくり、と言っていたにも関わらず、お姉さんは30分ほどで僕達を呼び出した。

「そういえば食事がまだでしょ? シャワーを浴びたら食卓に来なよ」

 本浄が先に浴室へと向かい、その後入れ替わりで僕もシャワーを浴びた。着替えて髪を乾かした後、言われた通りに食卓へ向かった。箸と同じ数だけ、酒が置かれていた。酒は僕等の分まで何故か用意されていた。

「好きなだけ食べていいよ。育ち盛りでしょ、君たち」

 お姉さんの顔は既にほんのり赤く染まっており、台所の空き瓶の意味がわかった。

「育ち盛りには不適切なものがあるんですけど」と僕は尋ねる。

「あれ、君たち、飲んだこととかないの? アウトローなのに」

 アウトロー、という言葉が僕らに向けられたものだと気づくまでに時間がかかった。僕と本浄にはあまりにも似つかわしくない響きだ。確かに僕は家出同然だし、彼女だって現実から逃げ出している。そういえば僕は最終日、学校でクラスメイトを殴ったな、なんてことを思い出した。すっかり忘れていたが、あれは無罪放免ということで良いのだろうか。今となってはどうでもいいか。

「でもさ、これを飲めば君たちは、文字通りの本当のアウトローになれる。簡単でしょ」

 そう言って彼女は勝手にビール瓶のふたを開け、グラスにそれを注いだ。

「飲めませんよ。アウトローを目指しているわけでもないし。そもそも僕達は普段大人しくしているような人間ですよ」

「駆け落ちをしている人間が今更真面目ぶっちゃうなんて、おかしいの」

 お姉さんは既に気分が良いようだ。

「だから、駆け落ちじゃないですよ」と僕は言う。

「違うの? でも君たち、恋人なんじゃないの? 恋人が二人、幸せのために逃げ出してるんだとしたら、それは立派な駆け落ちじゃん」

 そうお姉さんが言った。

「違いますよ、わたしと日向野くんは違うんです、そういうのではないんです」

 もしかしたらはっきりと否定することは失礼にあたるのかもしれない、僕がそんなことを思っている間に本浄ははっきりと否定し、それが杞憂だったと気づかされた。

「わたしたちはそんな風に結ばれていません、本質的には孤独なんです。たまたま二人とも世の中に見放されたから、同じように隅っこで歩いているだけなんです」

「君は詩人だね」とお姉さんは笑い、「けれども、なんだかわかる気がするよ」と悲しそうな顔を浮かべた。

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