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 できるだけ遠い場所に出掛けよう、という話になった。どちらから言い出した、というわけでもなく、自然とそういうことになった。

 本浄はもう、僕らの周りのあれこれ全てから目を背けたかったのだと思う。彼女の家を拠点にしている限り、僕たちは大して面白くもない町から逃れられない。そのことに心のどこかで嫌気が指していた。それは僕も同じだった。だから、僕たちはこの町を出ようと思う。僕はわからないけれど、本浄はきっと、もう戻らない。

「実は、お金なら持っているんです」と彼女は言った。それはこれまでに親族からもらった仕送りを貯めていたのか、それとも今後の分はもう必要ないと判断したのか、どちらなのかは聞かないでおいた。彼女の言いぶりからすると、何をするにも困らない程度の金額であるようだ。ちょっと遠くに行くぐらい、何の問題もないのだろう。もっとも、これまでの彼女にとって、お金なんていくらあってもどうしようもないものだったのだろうけど。

「いつか、『田舎に行くのはよっぽどの理由があるときか、それともよっぽど理由がないときか』という話をしましたね」と本浄が言った。

「今日は前者だね、僕たちにはよっぽどの理由がある」

「ええ、そうですね。この<世界>からすれば、ほんのちっぽけな理由なのでしょうけど」そう言って笑う。

 僕達はとびっきりの田舎に行くことにした。

「田舎の基準ってなんでしょうね」と彼女が訊いたので、「人口密度じゃないの」と適当に答えておいた。

 そういうわけで、明日の朝、僕らはどこか遠くの、人口密度の低い場所に行くことにした。

「さて、それでは今日は何処に行きましょうか」

 だとすれば、彼女が今行うべきことは何だろうか。それはきっと、準備と、別れの挨拶だ。


 まず、僕らはかつて訪れた駄菓子屋にもう一度行くことにした。理由は二つあった。

 あのあたりには綺麗なものが沢山あったのに、いろいろと撮り損ねたものがある、そう本浄が言ったから。これが一つめの理由だ。

 そしてもう一つは、旅の前におやつを買っておくのは当然だと思ったからだ。変な話だけど、本当にそれが必要であるように感じた。


 無人駅で降りて、向日葵畑を進み、ぼろいベンチの置かれた建物にたどり着く。

 ベンチには人影があった。あの日出会った駄菓子屋の少女だ。

「やあ、お久しぶり、でもないかな。今日はどうしてここに?」

 店員がベンチに座ってアイスを食べているのは職務怠慢じゃないのだろうか。

「あの……わたし達、お菓子を買いに来たんです」

「それは当たり前でしょ。駄菓子屋なんだから」と僕は言う。

「いやぁ、駄菓子屋がお菓子だけを売るとは限らないよ」

 そう言って、駄菓子屋の少女は店内からマジックハンドと模造等を持ち出した。流石にそれは要らないと断っておいた。

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