3-11 8/25(ii)

 やがてアイスを舐め終えてから、駄菓子屋の少女が口を開いた。

「彼女……いや、君たち両方かな。どこか遠くに行ってしまうつもりなんだろう?」

 僕と本浄は驚いて顔を見合わせた。もちろん僕も本浄も、少女に何も教えてはいない。

「どうしてわかったんですか」

「だって、君たちは遠くを見ている。遠くに行けば、何かが満たされるかもしれない。そんな眼をしているよ」

 それは格好つけすぎか、と笑う少女。彼女から見て、僕たちはどのような表情をしているのだろうか。

「君たちを助けてあげたいけどね、私は何も手を差し伸べられないんだ。もし差し伸べることがあるとしたら、それは対価を払った時だけだよ」

「満たしてくれるのは空腹だけなんでしょ?」

「違うね、一時の幸福もついてくる。むしろそっちの方が大きいのかも」駄菓子屋の少女は嬉しそうにそう言う。

「確かに、そもそもお菓子は楽しみのため、という側面が強いですものね」本浄が頷いた。

「加えて、ここには友達と一緒に来るのがほとんどだしね。それを買うこと、誰かと食べること、それによって得られる幸せな時間に価値がかなり寄っている」

 話が脱線したね、と少女が笑った。

「まあ、とにかく、わたしはいついかなる時も駄菓子しか渡せないんだ。でも、ここに来ればいつでもそれだけはしてあげる。世界が終わっても、売ってあげる」

 それが普遍性ってやつでしょう? そう言った彼女に僕は70円を渡し、豚の描かれた小さなラーメンもどきを買った。ちょっと待っててね、と言って彼女が部屋の奥に戻る。僕と本浄が店内で適当に話していると、しばらく経ってから彼女が顔を出す。手にはヤカンを持っていた。

「電気ケトルは無いの?」と僕が訊くと、「あの頃の駄菓子屋にそんなものがあったかい?」と彼女は微笑んだ。行ったことはないけれど、あの頃の駄菓子屋にそんなものは無かった。間違いなく。

 そんな僕等の問答を嬉しそうに眺めながら、本浄が少し遠く離れた場所でシャッターを切った。夏の太陽と緑の下、古びた駄菓子屋と、問屋の少女と、客の男の子。

 また、本浄瑠璃の何かが消えた。



それからビニールいっぱいの駄菓子を買って、僕らは駅に戻り、僕たちの住んでいる町に戻った。

それから最後に、東公園を訪れた。

本浄と仲の良い猫は今日もベンチの前に鎮座していた。彼女がいつものように猫を呼び寄せる。

本浄はとても悲しそうな顔をしていた。当然だ。だってこれは別れの挨拶なのだ。

「わたしとあなたは、ずっと友達ですよ」

そう言って、彼女はいつものように猫にカメラを向けた。それから彼女は初めて、いつも口ずさんでいた鼻歌を猫に歌ってやった。


つーきなき みそらーにー きーらめくひかりー

あーあその ほしかーげー きーぼうのすがたー


本浄は猫にさよならを告げた。

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