3-7 8/23(vii)

 僕と本浄は山を下り、バスに乗って僕らの住む町に戻った。そのまま彼女の家の前まで付き添った。

 そこで彼女は僕の服の裾を掴んだ。さっき、あれだけ僕に『関わらなくていい』と言っていた彼女は、それでも僕が離れることを拒んだ。彼女は再び一人になることに怯えていた。大したあまのじゃくだ。けれどもそれは、彼女が僕を心のどこかで求めているという、確かな証拠だ。それが僕にとっては救いだった。


 以前、本浄と書店に行った時のことを思い出した。ベストセラーになった小説のあらすじが頭に浮かんだ。余命を宣告されて、死に怯え、それでも良い生を送ろうとする少女の話だった。僕らの物語は、それとは明確に違う。真逆なのだ。僕の目の前にいるのは、生に怯え、少しでもよい終わりを迎えようとする少女なのだ。

自ら消えようとする彼女に、僕はどう手を差し伸べればよいのだろうか。


 そのまま僕は彼女の部屋に入った。彼女はもう、一人では立っていられない、そんな気がしたからだ。

 予想していたものの、彼女の部屋はかなり殺風景なものだった。ベッドがひとつ、本棚がひとつ、学習机がひとつ、そしてカメラがひとつ。本当にそれだけの部屋だった。本は沢山あったけれど、その多くが色褪せていたりくたびれていたりした。きっとこれは彼女の両親のものだったのだろう。

 彼女は既に疲れ切っていたようで、ベッドに座るや否や倒れこんで眠ってしまった。ただでさえずっと濡れていたのだ。風邪を引かないように、と僕は彼女の身体を動かし、布団を掛けてやった。あまりよくない顔色、細い腕、苦しそうな表情。どれも彼女の薄幸さや弱さや脆さを際立たせた。本浄瑠璃はとても弱い人間で、けれども時々とても強い人間だ。こんな身体で誰よりも深い孤独に耐え続けてきた。そんな彼女を前に、自分がすべきことについて考えた。

 かつて似た者同士だと言った。僕と本浄は同じ傷を持っている。けれども僕の傷は生きていけるぐらいのもので、本浄の傷はいつ死んでもおかしくないぐらいに深い。彼女の方が大きな痛みを抱えているのだから、せめて僕は同じだけの痛みを抱える努力をしよう。それで彼女の痛みは一つも消えないけれど、それが僕のすべきことだ。孤独を分かち合うというのは、きっとそういう事だろう。そんなことを考えていると僕も眠たくなった。そのままここで寝てしまうことにした。僕は悪夢で構わないから、本浄瑠璃が幸せな夢を見る事を願った。

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