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[8/24]
目が覚めると、ベッドに本浄はいなかった。彼女がシャワーを浴びていたのだと気が付く。床で寝ていた僕は身体の節々が痛くなっており、立ち上がり伸びをしてなんとかそれを和らげる。時刻は既に昼過ぎだった。僕はまず母親に連絡した。『しばらく友人の家に泊まります。』返事を確認する前に電源を切った。きっと大した返信は帰ってこないだろう。
「あ……日向野くん、起きていたんですね」
シャワーを浴び終えて着替えた彼女がドアの向こうから出てくる。まだ少し濡れたままの髪と、何の文字もプリントされていない部屋着。顔色を見るに、どうやら風邪は引いていないようで安心した。
それから彼女は二言目を発さなかった。昨日の今日で、どのように話を切り出せばいいのかがわからないようだ。その気持ちは僕にもわかる。
「あのさ」と僕から話し始める。
「は、はい」驚いて返事をする本浄。
「まずはさ、僕もシャワーを浴びて良いかな」
身体が重くて、なんだか気持ち悪くて仕方がなかった。
彼女の家の近くのコンビニに行き、着替えを買ってきた。たまたま下着だけではなく最低限の衣類が売っていて助かった。それから彼女の部屋に戻り、シャワーを浴びる。昨日の雨と、それから色々な思いを少しだけ洗い流した。と言っても、洗い流せない思いがほとんどだったけれど。
それから僕は床に座り、本浄に向き直る。
「昨日の話だけどさ」
そう僕が切り出すと、本浄の肩がピクリと震えた。
「僕は君の行為を肯定できない。少なくとも今のところはね。やっぱり、自分から消えよう、なんてことを心の底から容認することはできないんだ」
彼女は悲しそうな表情をする。
「けれども同じくらい、君の行為を絶対に否定しないでおこうと思ってる。だからさ……」
一瞬ためらって、言いかけた言葉が胃の中まで戻っていく。それでも必死にそれを逆流させ、喉の奥から言葉を絞り出した。
「君の行為を最後まで見届けようと思う。すぐそばで。それが、孤独な僕が孤独な君に対してできる、たった一つのことだと思うから」
暫くの間、本浄は何も言わなかった。口から言葉が出てこなかったように見えた。それでもゆっくり、ゆっくりと準備して、口を開いた。
「いいんですか? それは辛いことですよ。消えていくだけのわたしなんかより、ずっとずっとつらいはずです」
「それでもいいよ、僕は。どうせ他にやることもないし。それに、昨日の本浄の様子を見ていてわかったんだけどさ。君は一人じゃもう何もできないんだと思うよ。立っていることすらも、だから君の手伝いをさせてほしい」
昨日の夜、疲れ切った本浄は僕が離れることを拒んだ。無意識なのかもしれないが、結局は本当の意味で再び一人になることを望まなかった。ならば結局、彼女が消えようと望んだとしても、そうでないとしても、僕が居たほうがいいのではないか。僕が居なければ、彼女は自分の目標、『何より綺麗なものを残す』ことも叶わないのではないか。こんなことを言うと、僕の驕りだと笑われるかもしれない。それでもいい。僕だって多少は覚悟をしたつもりだ。
僕が彼女にそう言い終えて、再び長い沈黙が訪れる。この間、彼女の間には僕の想像し得ないような思いが交錯していたのだと思う。彼女が表情に浮かべていた絶望や苦悩の表情からは、到底推し量れないほどの葛藤があったのだろうと思う。それでも、彼女は頷いて小さく微笑んだ。
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